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喫茶「トワイライト」のブログ

プロフィール

ブログ名
喫茶「トワイライト」のブログ
ブログ紹介
◆新時代のカフェスタイル!◆
★アニメ・漫画・ゲームのファン系の喫茶店★
「私達は「好き」から造りだす」
●共通の趣味の仲間と出会える場
●情報交換の場
●夢を語り合える場
●アニメ、漫画、ゲームはもちろん
 それらのファン人や同人系イベントを応援する店 (・`ω´・)ノ
http://www.asahi-net.or.jp/~xj3t-iwng/hp/top.htm
↑ホームページ


営業時間
月〜日(定休日:水曜日)
飲食コーナー:15時〜22時
整体     :15時〜22時
撮影スタジオ:10時〜深夜1時(予約制)
(お泊り撮影:要相談)


店内で整体をしたい(覚えたい)レイヤーさん募集
「資格不問」
給金:出来高制
(電話連絡またはメールでお待ちしています)

↓【撮影スタジオご予約方法】
http://www.asahi-net.or.jp/~xj3t-iwng/hp/kare.htm

スタジオご利用の方でJRでお越しの方はご連絡頂ければ
店からJR古賀駅まで車での【送迎サービス(無料)】行っています。


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喫茶トワイライト紹介ムービー

http://www.nicovideo.jp/watch/sm18151624
 ↑ニコニコ動画

http://www.youtube.com/watch?v=oTDQLyf3WUM
 ↑YuoTube
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ポケモンGO!関連でサービス実施中

2016/08/12 22:13
ポケモンGO関連でサービス始めました。
喫茶トワイライトはポケモンジムになっていますので
喫茶トワイライトのポケモンジムに店長のポケモンが居た場合
そのポケモンの名前のサービスを致します。

店長のポケモンがいる時だけのサービスなので 店内でスマホ画面を店長に見せて注文すれば成立です!
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どの商品が割引になるのか?その時のポケモンで変わります\(^o^)/
どうぞご利用下さいませ(*^_^*)



店長のポケモンが倒されてジムから居なくなるとサービス終了ですのでご注意下さいねd(^_^o)
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相次ぐ実写化の理由とエトセトラ

2016/07/01 02:03
始めに言っておきます。
私は業者の人間ではありません
ですので、これから書くことは「状況から見た私の想像です。」

はい、では昨今次々と漫画原作の作品が実写化しています。
どうしてこれだけコケているのに実写化するの?
こうした声も聞こえたり聞こえなかったりしますが

例えば進撃の巨人の実写映画化、こちらも盛大にコケたと言う噂を聞きますが
実際は前編はその時期の興行収入1位で30億突破してるんですよね

映画のブルーレイが出ても大好評に付き上映期間延期して未だに上映している
劇場版ガールズ&パンツァーの興行収入は21億だそうです。
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上映前には進撃の巨人前編で50億、後編で100億突破の予想を大きく外した
と、言う点ではコケたとも取れます。

ただ、このデーターで何が言いたいかと言うと
ヲタク層が頑張って何度もリピートしても一般層が話題で1回こっきり見に行った方が
興行収入は高いと言う事オタク人口が増えたと言っても一般人口に比べれば
かなりの少数派であると言うことなのです。
前に書いた事ありますがコミケも3日連続で60万人近く出入りしますが
3日間でリピーターも居る数字です
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●コミケット3日で約60万人
●全国のコスプレイヤーの数、およそ10万人

◎東京の人口約1300万人
◎日本の人口約13000万人

○新宿駅の利用者1日で350万人
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学生時代のクラスで一般の方とオタクの比率はどうだったでしょう?
私はマンモス高だったので1クラス60名いましたが3名ほどでした。
社会に出たならもっと減少するでしょう。

アニメや漫画やゲーム等にかんするサブカル文化は
【不況の時代にも売上を伸ばしている】と言う実績があり
この社会不況を脱出する数ある中の一つの可能性として
ピックアップされているに過ぎないと言う事です。

そして、映画業界は売り上げ低下傾向にあって映画館自体が閉鎖に追い込まれている所が多く
原因として映画以外の娯楽が増えた、DVDやビデオの普及、映画泥棒の影響
大ヒットする作品が生まれなくなって来た等が言われています。
(ハリウッド映画はファン層がハッピーエンド以外を認めない流れが在り
映画の表現の幅が狭まった(どうせ死なない、と言う心理で見てしまう)と言う話もあり
これによりどの映画も似た様な作品ばかりになり映画に飽きが来て低迷した
と、言う話を昔聞いた事があります。この件についてもちょっと日本の若者の
漫画やアニメの離れと類似する所があるかもしれません)
そこで、家庭用や映画泥棒対策として3D上映を試みてたりするのですが
効果はいまいちと聞いています。

あと、映画の制作費とはその殆どが広告費と聞いた事があります。
要するに「広告でいかに話題を作るか?」と言う事だと思います。
映画には観るのにも旬ってものがあって
上映期間中は見たくてしょうがなかったけどDVD出るまで待つかぁと思っていたら
DVDが出た頃には見る気を失っていた。
こう言うことはありませんか?
そして、一般にはあまり知られてないけど
CM料金とか結構お値段するのですよね
【CM料金っていくらくらい?】
http://homepage1.canvas.ne.jp/minamihideyo/gensya-CMryoukin.htm

話題のアニメや漫画を題材にすればそれだけで話題性があり
当たれば大ヒット外しても損害が少ない
そんな題材になるんだと思います。

要するに宣伝すればするほど1回こっきりでも観に来てくれる人が増える
駄作でも1回観に来てくれればOKって事なんですよね(^^;)
「面白くなかった=コケた」と言う訳でな無いと言う事ですね
まぁニコ動でも「どうしてこれが伸びてるの?」と「どうしてこれが伸びない!」
というのありますしね

CMとは印象に残すこと(記憶に残す)が重要視されます。
ですのでCMにはベスト&ワーストCM大賞と言うのがありワーストでも
「印象に残った」と言うのが評価されます。

人は良い事よりも悪い事の方が印象に残りやすいので
実写化嫌だ!と言う声も連鎖や連呼すれば印象に残りやすいので話題作りに
貢献してしまっていると言う事になります。
不思議なことに実写化嫌だ!と言ってた人が公開初日に
真っ先に並んで見に行ったりすることなのですよね
(これも1回こっきりにカウントされますから)
本当に嫌ならば「話題にしない事」「見に行かない事」が一番の抵抗だと思います。

声を上げて同じ声が多く集まればやめてくれる
そう考えてであっても上記で書いた「数の差」と言うものがあります。
それどころか、原作を知らない、アニメ見ない一般層数名から
原作付き作品の実写映画やドラマの感想を聞いた所
「話題ほどじゃなかったけど普通に面白かった」とか
「まぁこれより酷い作品は一杯あった、普通だったよ」
と、こう言った評価が多いのですよね
こう言う人達は基本的には他の実写ドラマや実写映画と比べて…の感想だと思います。
私達の感想は「原作と比べて…」となりがちなので酷評になりやすいのですよね
こうした「普通評価」した人達が原作ファンの低評価をひつこく聞くと
原作ファンの事をどう見るか?

ミザリーみたいやな
と、印象付くみたいですよ(´・ω・`)
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ミザリー解らない人は
山岸由花子みたいだと思われたと思ってください
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とりま、ミザリーのあらすじです。

大衆向けロマンス小説「ミザリー・シリーズ」の作者である流行作家のポール・シェルダンは、「ミザリー・シリーズ」最終作に続く新作を書き上げた後、自動車事故で重傷を負ってしまう。そんな彼を助けたのは、ポールのナンバーワンのファンと称する中年女性アニー・ウィルクスだった。看病といいつつポールを返さず、拘束・監禁するアニーは、次第にその狂気の片鱗を垣間見せ始める。そんな時、「ミザリー・シリーズ」最終作が発表されるが、【内容が自分のイメージと違うと書き直しなど無理難題を付けはじめ、ポールも彼女の狂気に気づき脱出を試みる。】

こうした部分もマスコミだけでは無くリアルで異常犯罪が起こった時
「皆が皆じゃなくてもあの人達の中からこんな人が出てきても不思議ではない」と
素直に受け入れてしまう要因になっているのかもしれません

自分の素直な感情をつぶやくのも自由です。
そのつぶやきを見た人がどんな印象をもつか?それも自由なのです。

もちろんそう見ない人も居ますしそう見る人が悪いと言う意見もあります。
ただ、そう見る人が私達の数十倍の人口の中にかなりの少数派であるか?
となるとどうでしょう?私が学生時代を思い出すとクラスの人数で割合を見ると
そんな少数派でも無いんですよね。
まぁ時代が違いますので一概には言えないことです。

ただでさえ、私達の作品やキャラに対する愛情は常人から観れば
通常時のつぶやきからして普通ではない事に見えるのですから


実写化も流石に数が増えすぎてこちらもお腹一杯で話題にあまりならなくなって来ましたが
ここはプラスに考えてみましょう
例えば進撃の巨人もちゃんと出来ていたなら50億〜100億稼いでいた(予定)訳ですし
映画業界にしても日本社会にしても結構な経済効果になりえたと思うのです。
お金は巡り巡るもの、巡ってこその経済です。
この不況の時代を切り開くきっかけになるかもしれません
巡れば私達の生活も豊かになりますしそっち方面に夢を持っている人達の
就職とかの可能性も広がる訳です。

実写化は止められない
感情論の悪評を言い続ければ自分達が悪い印象で見られかねない
ならば、少しでも良い作品を作って貰えるように応援する、私はそうする事にしています。
きっと私達が実写化が許せなく思うのは
作品に愛も無くお金目的でいじり回されてる気がするからでしょう。
せめて作ってる側にはその作品のどう言う所がファンの心を掴んでいるのか?
そうした所は抑えて欲しいものですね。
個人的にはアニメですがシャフトの新房さんはそんな人だと注目しています。


数と経験を重ねて行けば少しづつ良くなってくると信じています。
だから頭ごなしに否定するのでは無く「ここをもっとこうして欲しかった」とか
そうした意見を交し合えると良いかもしれませんね
映画なら海外にも売り込めますし日本の映画も凄い!と世界をうならせて欲しい物です。
原作付きアニメも昔はアニメ化反対の声大きかった時もあったのですよ
絵と映像ではハードが違いますし何十巻も出た濃厚な作品は映画の2時間では収まらないので
違う話になったりもします。
昔の漫画原作のアニメは全然違う物になる事もよくありましたしね

ちなみに私は「のだめカンタービレ」は実写ドラマから入りました
実写もアニメも原作も全部好きですよ
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漫画と全然違っても実写の仮面ライダーやキカイダーも大好きです。

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著作権と私達の常識

2016/06/08 20:52
はい、今回は著作権侵害の事を軽く書きますので
一緒に勉強して知識を共有しましょうね(^^)

【コスプレも含めて私達は著作物を扱います。】
【著作物を扱うのですから著作の知識を一般の方より持っているのは
私達の常識です。】
コミケットの理念はその著作物といかに上手く着合って私達の活動を発展させて行くかを
私達の先輩達が考えに考えを重ねた理念です。
火も危険ですがその性質を知って使って来たからこそ人類は発展してきたのですからね



私が幼少の頃、先生が教えてくれた著作権侵害は
「子供が喜ぶからと家の壁にミッキーマウスの絵を描いたら
著作権侵害で多額の賠償金を請求されて壁の絵を消す事になった」
と、言う物でした。

これは、あくまで
「著作権侵害とは営利目的でなくても此れくらいの事でも訴えることが出来るものなのですよ」
と言うアメリカンジョークなのですが

かなり近い事例は過去にあったようです。
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「ディズニーが子供の落書きに"著作権侵害"を申し出ていた?!」
http://matome.naver.jp/odai/2138021637041944201 


とは言え、調べてみれば現在は非営利のファンアートとかには寛容なようです。

ただ、著作権侵害保護法と言うのは「あくまで自らの資産を保護するという目的」のもの
製作側はそうした権利を持っていると言うことです。
例え非営利であったとしてもそれが有益であるか不利益であるかの判断は
製作側に委ねられていて権利を行使する権限を持っている。と言うことですね

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ピカチュウ同人誌事件も任天堂がわから
「貴方の作品は当社の作品のイメージを貶め不利益を与えた」
と言われたと当人から聞いています。

例え話ですが少し前に「恋のマイアヒ」の空耳フラッシュがネット上で流行しました
AAを使ったモナーが歌に合わせた空耳で踊ったり突っ込みしたりで賑わっていたのですが
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AVEXがこの「恋のマイアヒ」をCDシングル化して売り出す際に
おまけとしてAAのモナーそっくりの「のまネコ」の動画を付け
後にのまネコのキャラクターグッズを売り始めたのですね
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詳しくは↓
「えっ!? AVEXが2chキャラを盗用!!?5分で解る「のまネコ」問題」
http://nagasm.org/1106/news2/noma/

誰の物でも無ければ俺の物、とか
権利を主張しなければ後出しでパクリキャラ(作品)を出して
その利益を独占する為、オリジナルを後出しがパクリだと訴えると
オリジナルの方が消されることがある
(因みにのまネコ問題は最終的には2ch側が勝利する格好となったそうです
でも、そこに至るには数年と多数の人の協力と努力の結果と認識してます)

ディズニーもそう言う経験をして来てるのですよね
ミッキーマウスが出来るまでに2匹のキャラが犠牲になっています。
「ディズニーが著作権に厳しい理由がかなり切なかった。」
http://matome.naver.jp/odai/2140829102282106001


こうした情報の共有は過去は同人誌即売会のイベントでは
事件が起こったりすると参加した時に配布されるチラシやパンフに掲載されていたものです。

時代が移り変わり、同人誌即売会が激減しコスプレオンリーでは
このような情報の提供が乏しくスタジオやロケ参加では自主的に自分で調べないと
得られなくなってきています。
コスプレイヤーアーカイブも同じ趣味の共通的情報が得られる場所から
ツイッター民へ流れて情報源がツイッターに偏って来ているのも
1つの問題の悪化へと向かって来ていると感じます。

数回前のダイアリーで私は
「コスプレとはファン表現でありファンとはファンとしての立場をわきまえる人達」
と書いたのですがお店で「具体的にファンとしての立場をわきまえる」とは何か?
と聞かれたことがあります。

私の考えでは「原作者や出版社の立場になって考え行動する事」だと思っています。
もしも、自分が「このキャラクターの産みの親の作者だったら」
私だったら非営利ならコスプレも同人誌もやってもらってもいいかなぁ〜
ファン表現なら別に年齢も肌の色が違ってても似合って無くても許すかな

「【神対応】「黒人がエルサ?」「黒人は醜い」『アナ雪』コスプレの女児が暴言を受ける →
いきさつを知ったディズニーの対応が感動的と話題」
http://rocketnews24.com/2015/07/09/605963/

でも、BLとか18禁とか嫌だなぁやるなら目に見えない所でやってくれ
とかですね
(まぁ事例は私が作者ならこう考えると言うことです。
「自分がされて嫌な事はしない他者にもしない」それを考えるだけの事です。)

なのでこう言うのは御法度ですね
「「キン肉マン」コスプレイヤーのセクハラ行為に原作者・ゆでたまご嶋田が激怒」
http://www.c-lab.link/nettrend/43430
神様を怒らせちゃダメです。
ただ、ゆでたまご先生も
「作者が怒る事でかなり効果があると思います。またどうすればいいか考えます」
と、と温かい言葉もかけてくださってます。
キャラクターのイメージを損なったと訴えられる立場の方ですよ

ただ、ジョークやネタで似たような撮影もする事もあったりもします。
それが、自分が面白いと思っていても旗から見て万人に受けるとは限らないと言うことです。

ミッキーとポケモンとキン肉マンの事例では共通点があります。
時代的背景もありますが
ミッキー&プール事件は実は「卒業生がプールにミッキーの絵を描いた」と
「小学生が力を合わせて大きな事を成し遂げた」と言う美談で新聞に掲載されていたそうです。

ポケモン同人誌事件は同人誌即売会の会場では無く当時では珍しかった
ネット通販で販売し購入した娘の親が任天堂に訴えたと聞いてます。

キン肉マンはツイッターで騒がれて作者の目まで届いた、と言うことですね

この3つの事件の共通点は「目立った為、出る杭は打たれた」と言う事だと思います。

私もツイッターを始めて思ったことですが
コスプレの写真の掲載やコスプレ写真の「拡散希望」とかよく見かけます。
私自身はツイッターの特性上、自分のコス写真はUPしませんし
したとしてもモザイクで顔を隠しています。
コスプレの写真であれば拡散希望とあってもリツイートはしないようにしています。
ツイッターの画像は容易にダウンロード出来る仕組みになっているし
自分がポーズとか気をつけていてもネットと言う環境で誰とも解らない人に画像を落とされれば
どのように使われ加工され拡散されるか解らないからです。

「【画像】外人が日本人JKの画像でコラ作りまくっててワロタ」
http://majikichi.com/archives/8666485.html

反応が早い、より多くの人と繋がる事ができる
そうした利点もありますが私達がコスプレで使うには上記のようなデメリットもあります。
ツイッターも道具ですので使い方次第
自分達の立場と機能の特性を理解した上で上手に使いましょう。
ツイッターは鍵もかけていなければその利用者の多さから
最寄の駅の掲示板に写真を貼ってるのと変わらない行為である事を
自覚して使いましょうね

自分の私服の写真ならほぼ被害者は自分自身だけでしょう
ですが、それがコスプレの写真であれば被害者は自分自身だけではないかも知れない
と、心に留めて置きましょうね(^^)

「ポケモン、著作権違反で米のポケモンパーティー主催者を訴える」
http://www.jwide.com/news/news.htm?id=5471

こちらは海外ですがイベントも告発されたみたいですね
ファンイベントであろうと営利目的でイベント開催すると訴えられることがあると言う
前例が出来てしまったみたいです。

「ポスターが公式のものを使った」フェイスブックやチラシを使って大々的に宣伝した。
と言うのも問題だったみたいですが2ドルで30人くらいのイベントなので
もっと、詳細が知りたいところですね。

過去にコミケを取材していた番組の一部です。
コミケの問題点、これは同人誌に限らずコスプレも同じです。
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コスプレは著作侵害であり製作サイトが黙認してくれている状態
「だから、私達の世界は白でもなく黒でもなくグレー」と言われてる所以です。
黙認してくれている理由は
「ファンが非営利でファン同士の仲間内でひっそりと楽しんでいる範疇」
と、言うのを忘れてはいけません

私がコスプレは
「ファンによる仮装したファン表現である」と言う事と
ファンと言うのは
「好きな作品とキャラと製作者と同じ趣味を共有する仲間を大切にする人の事」
と、主張する理由です。

ただの感覚で言っていることでは無く
「何が」「どうして」「こうなった」の道理の上で主張していることであり
この道理の道から外れて著作物を私利私欲の為に扱えば
そして、そう言う人が極端に増えれば
「製作側も黙認し続けはしない」と言うことです。

私達の常識
持つべき知識を持ってその筋道から外れないように楽しみましょう
「自由の裏には責任がある」のですから(^^)
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アニメや漫画を見てるから異常犯罪を犯す!

2016/04/29 19:46
「アニメや漫画を見てるから異常犯罪を犯す!」と、主張する方が居ます。

実は私は一理あると思う所はあります。
アメリカの軍の教育に残酷なゲームをさせると言うのがあり
これは戦場で始めて人を殺めたりしてその罪悪感や嫌悪感から
戦闘不能になる確率を軽減させる為の訓練で実際に効果があるデーターがあるから
採用されている訳なのですよね

ですので漫画やアニメだって使い様では同じような効果を出すことも可能だと思います。
しかしながら同じアメリカにはこんな言葉があります。
「銃が人を殺すのでは無く人が人を殺すのである」

これは、銃は道具に過ぎずそれを使うのは人だという事であり
金槌だって人の頭を割ることは出来ますし包丁だって人を刺す事は出来ますし
車だって人を殺める事ができます。

ゲームも漫画もアニメも道具でありその使い様なのだと思います。

日本の人口が1.273億人と言われそのどれほどの人がアニメや漫画を見たことがあり
犯罪に影響があったとするならば何億人の人が異常犯罪を犯したのでしょう?

こう言うニュースを見たことがあります。
「アメリカの図書館に漫画を置く事によって治安が良くなった」
その街はもともと治安が悪く子供達の憧れはその街で強者であるギャングであり
子供がギャングに憧れてギャングになると言う流れがあったそうです。
図書館に漫画を置いた所、子供達が漫画を読むようになり
子供達の憧れはギャングから漫画の主人公に変わって行ったそうです。
日本の漫画の多くは「約束を守る」「友達を大事にする」「家族を大事にする」
そうした道徳的なものの方が圧倒的に多く
漫画やアニメが世界に流行した方が治安が悪くなるどころか
世界の治安は良くなる方だと思います。
実際に実例も在る訳ですしね

もう一つ危惧されるのは
漫画やアニメは子供向けのものであり
良い年齢になった大人が漫画やアニメを見るのは精神が大人になれない人が
異常犯罪を犯す

こう思われる部分もあるのではないかと思います。
そう言う人も居るかもしれませんが
逆説的に考えれば大人になれない精神構造だから子供向けの漫画やアニメを好む傾向にある
のかもしれません
で、あるならば原因は漫画やアニメにあるのではなく
その人の環境とかそっち方面が原因だったりするのではないでしょうか?

私が見るところ日本はその社会構造からストレス大国でもあり
全国民的な躁鬱状態へ進行しているように思えます。
その原因をはき違え漫画やアニメに押し付けて排除しようとすれば
まったく見当違いの対処をして事態を悪化させる方へ進行するかもしれません

ここ数年で大きな震災が数回ほどありました
そこでネット上で飛び交った台詞があります
「やらない善よりやる偽善」この台詞により多くの人が助け合おうとしました。
この台詞の元ネタは何だと思います?
はい、アニメや漫画の「鋼の錬金術師」の台詞です
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(もっと昔からあったと言う説もありますがこの時もちいられた人達の大半の知識は
「鋼の錬金術師」からだと思います。)
私の仕事先のおじいさんと震災の話をした時に
漫画やアニメを見ていないおじいさんが震災の時に飛び交った
「やらない善よりやる偽善」良い言葉だ!勇気が出た!と言っていました。


もしも…もしも、漫画やアニメの影響でそれが原因で異常犯罪を犯す人が居たとするなら
その効果があるのなら「その逆の効果も在る」と言う事ですよね
日本は世界に稀に見る治安の良い国です。
その根源を支えているのはアニメや漫画なのかもしれませんよ(^^)

妄想や推測では無く現実を見ましょう
「実際に漫画やアニメで治安が良くなった海外の地域がある」
「震災の時に呼びかけあった台詞は漫画やアニメの物であり
多くの人に勇気と行動力を与え助け合った」


漫画やアニメは道具です。
金槌も包丁も車も道具です。
そろそろ漫画やアニメが子供達に悪い影響を与えると言う
推測や妄想から目を覚まして「空想と現実」の違いに目を向けて欲しい

アニメーションの語源のアニメとはアニモというラテン語が起源で
そこには「命」とか「魂」と言う意味があるそうです。

絵に命を吹き込む魔法の技法それが「アニメーション」であるとディズニーは言いました。

無機質の物に命を吹き込む為には現実の命をよーく観察せねば出来ません
現実の命を観察すると言うことは辞書やPCやインターネットでは学べない事であり
この世界に「生きる」と言うことを学ぶ事ができます。
生きるを学ぶと言うことは「生き方を学べる」と言う事

ちゃんと観察すればアニメーションや漫画はそう言う所まで学べる教材と言う事です。

アニメも漫画も金槌も包丁も全て道具でありその使い様であれば
大人が子供にその使い方を教えるのが「道徳」と言うものではないでしょうか?

道具に使い方があるように食べ物にも食べ方がありアニメや漫画にだって観方と言うものはあると思います。

その昔、私が子供の頃に「キングコング」と言う映画を観た時に
大人の人は「キングコングを殺したのは飛行機じゃなくて美女なんだ」と教えてくれました。
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物理的には飛行機に殺される訳ですが
この台詞には「物事の表層部分だけでなくこの世界の内面的&精神的部分を観なさい」
と、言う意味が含まれていたと思っています。

私も喫茶トワイライトを通して作品の見方など
そう言う事を伝えていけたらと思っています。

はい、今回は「道具は使い様」と言うお話でした。
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無理が通れば道理は引っ込む

2016/04/27 17:31
私は一応、日記に書くのはだいたい「道理」のお話をしているつもりです。

道理とは
「物事の正しいすじみち。また、人として行うべき正しい道。ことわり。
「―をわきまえる」「―に外れた行為」「―にかなう」

例えば法を守る立場の警察が犯罪を犯したとします。
大抵の人は「警察のくせに」と思うものでは無いでしょうか?
それは自分自身だけでなく警察全体の信用を落とす事になります。
それ故に「道理(立場)をわきまえる」「道理(立場)に外れた行為」をしない
と、言うのは自分自身とそれに関係するもの全てを守る行為に繋がると思っています。

これを私はよく「コスプレイヤーの立場」に置き換えます。
同人イベント発生のコスプレはファン表現であり
ファンとは元になる作品や同じ作品が好きな人を大切にする人
それは作品を支えるのはファンだし
ファンはその元になる作品が無いとファンとして成立しないからです。

だからイベント会場でスタッフじゃなくても
その行為に反する行動をする人には
「君がやってるキャラはそんな事をするキャラなのか?」
「君は君かもしれないが君がその格好をしてると
周囲はそのキャラのファンか
野外で私達の立場を知らない人から見ればそのキャラとして見るんだと思うよ」
「君が本当にその作品のファンなら君はファンとしてそれでいいのか?」
と注意する事もあります。

この考えはコミケットの理念
いわゆるコミケットで行われている事の根幹を元にした考え方です。
「私達はファンとして一次製作物の可能性の追求を創作している」
利益や権利に縛られない立場だからこそ
プロには立場上出来ない事もその自由な立場からなら見出せる事があるかもしれない
届く場所があるかもしれない
それが「私達の可能性の追求」です。

だけど、そんな自由な私達にもルールになっていなくても決して
「立場をわきまえる」「立場に外れた行為」をしない
↑これを踏み外してはいけないと思っています。

この世界には
「無理が通れば道理は引っ込む」と言う言葉があります。
意味は「筋の通らない無理が通用するような世の中では、 正しい道理は行われなくなる」
と言う意味です。

少し前に呟いた事ですが
「その昔、遊園地でのコスプレイベントでは
コスプレイヤーは入場料無料、乗り物も無料で乗れた時代があった」
と、書いた事がありました。

それは、運営サイトが遊園地側に
「コスプレはファン表現であり
ファンとは元になる作品や同じ作品が好きな人を大切にする人であり
ルールになっていなくても「立場をわきまえ」決して「立場に外れた行為」をしない」
と主張し、参加するコスプレイヤーの大半は上記の事を守ってくれたので
「その回数により信用が構築され結果的にコスプレイヤーを
入場無料、乗り物無料にしても遊園地側にそれ以上の利になると判断されて歓迎された」のです。
「道理:物事の筋道。「道理にかなう」
道理を掲げ筋道を通せば信用と信頼を得ることが出来るのです。

私が関わったコスプレイベントでは
イベント終了後は終了アナウンスあると拍手がおこり
スタッフではない参加者の方々も最後まで残って
テントなどの撤去や後片付けにも参加してくれたりで
参加者意識が強くそうした光景も園の人達もちゃんと見ていて
なぜそのような事が出来るのか?起こり得るのか?と感心していたものです。

現代でこれを行えるか?
と、なると難しいと思います。

何故ならば例えば
「コスプレとは何か?」と質問したとして返ってくる答えはたぶん現代ではバラバラでしょう
コスチュームプレイとはもともとの名称は同人イベント発祥のものではありません
名だけを追えば(コスチューム=衣装)(プレイ=遊ぶ・演奏する等)ですし
「趣味」となれば個人的な道楽であり
それ故に「やった者勝ち」的な人が多数出てくるのも自然の流れ

何度か日記に書いた「何が」「どうして」「こうなった」の人の思考の流れの理りの内です。

コスプレが同人イベントから離れ
コスプレがファン表現で無くなった先は
「立場をわきまえる」「立場に外れた行為を決してしない」をしなくても良い
自らにブレーキをかけなくても良い自由を手に入れた世界が拓けた訳です。

「無理が通れば道理は引っ込む」
「コスプレとは何か?」その答えが多くの方がファン表現で
統一されたものでなくなった時点で私の主張する道理は引っ込みます。
ファンならその立場上守るべきものがあっても
趣味なら別に守らなくても個々の自分ルールに従えばいいのですから

私達は自由を求め個々が自由になった分だけ不自由になったのではないでしょうか?

これも、こうした事が肥大化する前にもっと早く動いていたら
違う未来があったのではないかと思う事もあります。
「皆それほど愚かではない」「きっと気がついてくれる」「誰かがやってくれる」
と黙認し続けて収まる所に納まった結果だと思っています。

私の同世代の引退したレイヤーは
口々に「参加者のマナーが低下したので行きたくなくなった」と言います。
驚いた事に次の世代の引退したレイヤーも「参加者のマナーが低下したので行きたくなくなった」
と、同じ台詞を言ってます。

「昔は良かった…」
私は↑この台詞を未来を否定する言葉だとは思っていません
人生とは重要な選択肢の連続です。
でも、いつも正しい選択をして居るとは限りません
昔を美化しないでちゃんと昔と今とで見比べて
「過去に出来て届いた事」で今では出来なくて届かなくなった事でも
ちゃんとそれを受け入れ認め反省して分析して方向を修正し
再構築出来ればもっと良い未来が構築出来ると信じています。
「過去に出来て届いた事」は幻でも何でもなく実現し実在した事なのですから
現代と未来はもっと先へ進歩と進化が出来る筈なのです。

私の視点から見れば現代は
「コスプレとは何か?」その認識が多くの方がファン表現で統一されたもので
無くなっている状態であり
「無理が通って道理が引っ込んでいる状態」
「筋の通らない無理が通用するような世の中では、 正しい道理は行われなくなる」
こんな状態にあると思っています。
(もちろん、私と同じく「ファン表現」と思っている人も少なくない
今だからこそ私も主張しています。)

「正しい事」と言うのは見る角度や立場で変わるものです。
だから私も私が見える角度と立場から「私の正しいと思う事」を主張してます。

私もコスプレイヤーですから今回はコスプレの話でしていますが
私達の業界で「筋の通らない無理が通用するような妙な事柄が」
さも「これが常識」と言わんばかりにいろいろと広まって来ているのを感じます。

果たしてそれの先は私達が望んでいる未来なのか?
そして、「筋の通らない無理」が未来永劫続くものなのか?
「私達の常識」と言う物が明るみに出た時にそれは明るみで通用する常識なのか?
考えて欲しい

「無理が通れば道理は引っ込む」は実在し
「無理も通れば道理になる」と言う言葉もあります。
意味は
「理屈に合わないことでも強引に押し通してしまえば、
それが正しいことのように通用してしまうということ。」

私はこの状態を「理不尽」と呼んでます。
それには信用も信頼もうまれません

人は信用も信頼も出来ない物が目の前にある時どうすると思います?
私の知る限りでは排除か隔離かルールで縛るです。

と、ここまで書いて
では、過去のコスプレイヤーに「コスプレとは何か?」と聞いて
「ファン表現」と明確に答えられた人はそう居ないと思います。
私は「ただ、言葉に出来なかった」だけと思っています。
言葉に出来なかっただけで「心の奥にはそう言うものを持っていた」
そう思っています。
だから、そう言うのを持っている人は
ルールが定めらていない野外撮影に出ても衣装を着たらわきまえていた人が多く
「ファンとしてそれでいいのか?」と言う言葉はちゃんと届いていたと感じています。

コスプレと仮装の明確なライン
私はそれはファン表現であるか?そうでないか?の違いだと思っています。
だから過去は作品も知らないのに衣装を着て居る人を
「着ただけレイヤー」と言ったのだと思います。
人によっては「作品愛があるかないか」とも言いますね

現代では作品のファンであっても
衣装を着ているだけでウィッグも被らないメイクもしない人を
「着ただけレイヤー」と言うそうですね
ここに、コスプレと仮装の明確な違いはあるのでしょうか?
こうした方向に時代が傾いているから私は発言するのです。

一般の方を含む多くの人がコスプレと仮装のラインを明確に持つ時代が来たならば
例えば野球のバットで暴行事件があったとしても
野球をやっている人が非難されることも無いように
仮装している人が何かしらの事件を起こしたとしても
「衣装を悪用された」と思うだけで騒ぎにも話題にもならないと思います。

「コスプレとはファン表現でありファンとはファンとしての立場をわきまえる人達」
多くの人がそう認識する、私が目指したい理想の世界です。

自由の裏には責任がある
逆に言えば「責任を果たせばそれだけの自由を得る」と言うことです。
学生であればその本分である成績をちゃんと取れば
「勉強しろ」と言われなくなるし束縛されなくなります。
家長であればちゃんと家計がやりくり出来る収入を納めていれば
たまの休みにゴロゴロしていても文句はそうは言われなくなると言うことです。

今回の私のお話を理解し共感した方は
供に進みましょう
道理とは筋道です。筋道を示し道が見えたならそれはベクトル(方向性)となり
皆と供に進む事は充分出来ると思っています。
「私達はファンとして一次製作物の可能性の追求を創作している」
その本当の自由を手に入れるために

コミケも小さな教室程度の箱から始まり
皆で切り開いてここまで大きくなったのですから
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ご来客したご家族様と触れあって思ったこと

2015/10/28 18:16
先日来たご家族さんは
私がUPしたコスプレ制作の動画で
衣装作りや物作りに興味を娘さんが示して来たらしいです。
東方好きのお嬢さんは
いつか自分で手作りで東方系の衣装を作ってみたいそうです。
お母様も応援していたので良い家族だなぁとほっこりしました。

あとでカードゲームもご家族に教えて遊んでもらいました。
カードゲームやボードゲームは交渉したり
自分の伝えたい事をちゃんと言葉にして
相手に伝えようとしたりする事を必要としたりします。
今の御時世、ネットやTVゲームなど
自分の世界にこもって一人で遊べるものも多く
他者をを理解しようとするより
何故自分のことをわかってくれないのか?
となりがちに思えます。

ゲームという遊びを通して楽しく
○コミュニケーション能力を育み
○自分が言いたい事をちゃんと他者が解るように
 伝えようとする能力を養い
○多角的な視野の中から考えだすと言った、
 普段学校では使わない脳の部分を駆使したり
 動かさなければならなかったりします。
 端的に言えば「普段使わない部分の頭の体操」ですね

お母様も二男さんがまだ幼いので
何を言っているのか伝いえたいのか
解らなくて困惑することもあるそうで
こうして家族でゲームをしながら
会話をし続けることで
子供は伝える力を養い親は聞く力を養える
素晴らしい事だと私は思います。
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ボードゲーム・カードゲーム

2015/10/08 17:49
喫茶トワイライトでは毎週木曜日はゲームの日とあっており
カードゲームやボードゲーム好きな人が集まりやすい日で
カードゲームやボードゲームで遊んでいたりします。
持ち込みももちろんOKですが
お店に常駐のゲームも基本的にルールは簡単で面白いものを揃えています。
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カードゲームは今流行のトレーディングカードでは無く
カードの枚数が最初から決まっているものを置いています。
良いカードを持っている人が有利とかでは無く
公平に遊べてコミュニケーションが取れる
そうした事を目的としています。
画像


お気軽に遊びに来てくださいね
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ちょっと重いけどアニメのお話\(^o^)/

2015/09/30 18:49
アニメプロデューサーが暴露!アニメ化した作品の原作が売れても2期につながらない理由
http://seiyufan.livedoor.biz/archives/8161749.html

【朗報】アニメ業界、ガチで終わる
http://alfalfalfa.com/articles/132828.html
円盤売上万超えが1つもなかった模様

"ギレルモ・デル・トロ" が語る日本
https://www.youtube.com/watch?t=9&v=pV_7n_859Bk

これらを参照するに
日本のアニメ業界は手塚先生が自腹を切りながら安価でアニメ制作をしていたので
「天下の手塚先生がこの値段でアニメを作ってるのだから」と
他のアニメ制作会社も単価を上げられずに安価でアニメ制作をしていた訳で
(私の友人がセル1枚描いて50円と言っていたので日当7000円貰おうと思えば
1日140枚を毎日描かなくてはいけないということですね)
現状ではその制作費のリクープを円盤で行っているということであり

この現状を打開するには
個人的にはアニメ業界の縮小化
(専門学校卒業生などもあり業界に入る人達を雇用する過程でアニメ会社と作品が乱立して
収益が拡散してしまう)
円盤購入以外にも業界が利益を上げる方法
(タイバニのような作品中での広告(スポンサー)募集もその手法の一つですね)
こうしたものを考えていたのですが

ある意味、現状のままでも博打に近いが面白い展開になってきてるのかもしれない
とも思いました。

「良い物だけが生き残る」
ここで言う「良いもの」とは「複数の人が評価する物」
「無償の複数の声」では無く
円盤購入と言う対価(リスクを持った視聴者の声)を伴った評価であり
多くのものが「金を出しても見たい」と言うちゃんとした
金銭に還元できる評価であり
少数でも「良質のものを制作して行く」と言う
スタイルが自然淘汰的にシフトしている過程かも知れないと
コメント付きの「オーバーロード」最終話を見て思いました。

「オーバーロード」円盤の売上向上で2期あるなら
この未来、可能性あるかもですね


日本のアニメ制作業界は厳しい状況ですが
PCの技術発展とインターネットの普及により
世界的にも日本のアニメブームも来ておりその市場も拡大しつつあり
それをちゃんと日本の収益に還元出来るシステムも作られつつあります。

外貨が入ってくる

要するに「日本が世界を相手に商売をする」ってことですね
日本のアニメを通して世界では「お弁当ブーム」も来ています。
日本のアニメなどで弁当を食べるシーンが出ており
これまでそうした文化が無かった地域や弁当に感心が低かった海外の方も
そうした所に目を向けるようになってきてるそうです。

アニメを起点としてアニメとは関係無さそうな部分の日本の商品や文化も
海外に売り出せる商品として注目されつつあると言う事です。
「緑茶」や「日本の布団」もブームが来ています。

アニメはアニメだけでなく「アニメを通して日本の良き文化を世界に配信してる一つのツール」
にもなっているのです(*´∀`*)

これから先、どうなるかまだわかりませんが
ファンとして支えつつ良き未来が来るようにしたいものです。

結局、私達の同人の世界も元になるものが無ければ成り立ちませんしねw(;´∀`)
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サヴァン症候群

2015/09/22 21:31
https://www.youtube.com/watch?v=QMdY4hc72GU
ザ・ベストハウス123 驚異の脳力! 世界のスゴい脳の持ち主BEST3 キング オブ サヴァン

私達の同人イベントの世界にも
この動画ほどではないけど
軽い自閉症でこうした軽めのサヴァン能力を持っている人が複数人居るとみています。

何故そう想うのかというと理由を書くと長くなるので
ここでは控えますが私的には確信に近いと思っています。

それを理解して迫害ではなく愛情を持って
その才能に気がついてあげて伸ばすことが出来れば
それは人類にとって大きな進歩の1歩になるかもしれないと私は見ています。
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2:6:2の法則

2015/09/20 19:17
さて皆さんは2:6:2の法則と言うものをご存知でしょうか?

パレートの法則と言うもので
蟻の社会では2割の蟻は凄く働いて6割のアリは普通に働いて2割の蟻さんはサボっている
そこで、サボっている2割の蟻さんを集団から排除しても
残りの8割の蟻さんだけの集団の中から2割サボる蟻さんが出て来て
2:6:2の割合になるというもので
これは人間社会の集団においても集団心理として同じようなことが起こるというものですね

ガッチャマンクラウズインサイトで出て来た
2:6:2の法則というのはこれとはちょっと違っていて

2割の人がAの意見
もう2割の人はBの意見
6割はどちらでもないどちらでも良い派

これが集団であればどちらかの2割の意見に6割の人間は左右されて
染まってしまう「空気」と言うものを表現されていました。
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さて、ちょっと話変わって
今期は「下ネタという概念が存在しない退屈な世界」
と言うアニメが放送されていました
このアニメの世界は
「「公序良俗健全育成法」成立により、日本から性的な言葉=下ネタが喪われた日本と言う綺麗な世界」
と言う舞台設定でそこで下ネタテロをする主人公たちを面白おかしく表現しています。

…ですが、過去に日本が本当にそうなりかけた事がある時代があったことをご存知でしょうか?
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【悪書追放運動】
↑こういう事は世界的に過去に政治的、宗教的に何度もあったことですが
1955年頃に漫画バッシングもあって
子供達からエロ本や教育に悪い雑誌を排除しようという運動があり
その悪書の中に漫画も含まれていたのですよね
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各地のPTAや「日本子どもを守る会」「母の会連合会」などの組織も出来
図書選定制度や青少年保護育成法案を提唱、実質的な検閲を要求するまでにいたってました。

図書館や子供達が持っている漫画を親が没収して
校庭で手塚治虫先生の漫画を筆頭に「焚き書」が行われたほどのものであり
相手は「子供達を守る為の正義」と思って活動していたわけです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここで想像して頂きたい
貴方は子を持った親であり
ご近所さんと公園デビューやPTAに参加します。
同じ年頃の子を持つ親同士、近い悩みや話題や相談事もあるでしょう。
その集団の中で「漫画は悪書だから追放しましょう」と言う空気が出来ている時に
それは間違ってると解っていても貴方は逆らえますか?

その集団から○月○日の日に子供達から漫画を取り上げて
校庭で焚き書しますので漫画を集めてきて下さい
と、要求された時、貴方なら逆らえますか?
もしも隠して持っていても子供がこっそりその事をクラスメートに話したりしてバレたら
貴方とその子供はその集団から裏切り者扱いを受け
親子ともどもその集団やクラスメートにイジメの対象になりかねない
そんな環境です。
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漫画批判をしていた人達の意見

●ロボットなどの高度な発展の描写を「できるはずがない」「荒唐無稽だ」と批判した
●手塚のことを「デタラメを描く、子どもたちの敵 」
●こんだデタラメばかり見ていると空想と現実の区別がつかなくなる
●表現が理解しやすいため頭の中で場面を想像することをやめてしまい
 これによって想像力が乏しくなってしまう。
●早く読み終わるということは内容を記憶する時間が短いことでもあり、
 記憶力の低下につながってしまうそうです。(研究結果でそう出ているそうです。)
●文字による表現力がマンガだけ読んでいる人と小説を読んでいる人では、
 小説を読んでいる人の方がわかり易く、良い印象を受ける
●小説等の本をよく読む人の方が普段話していて言葉の理解力や頭の回転が速い人が多い
●毒にしかならず人生の何の役にも立たない
●面白いから子供達が飛びつき歯止めが効かない、だからこそ大人がしっかりと管理するべき

私が覚えてるだけでもこれくらいですが
要約して「漫画ばかり読んでいると馬鹿になる」
と、集約されて表現されるのでしょう
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

随分過去の話であって
皆馬鹿じゃないから現代ではそんな事は起こりえない

大半の人はそう思っているのではないでしょうか?

当時だって同じように思っていたんじゃないかなぁ
相手だって馬鹿じゃありません
当時より「より狡猾になった」だけであり
チャンスさえあれば法的に規制しようと狙い続けています。
社会の空気が変わるのを待っています。

最近で言えば青少年保護法案もその一片とも言えるでしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何かしらの異常な事件が起これば
すぐにマンガやアニメの影響か?
と結び付けたがりますからね

金属バットで両親を殺害するような異常な事件があっても
野球の影響か?とはなりませんw

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
かと言って
まったくマンガやアニメやゲームが人に悪い影響を与えないかというと
私は与える部分もあると思います。

上記に書いた反対派の主張も一理あると思っています。

例えば私達同人誌の業界には「ヤオイ」と言う言葉があります。
現代では男性同性愛を題材にした漫画や小説などの俗称として呼ばれていますが

語源は「ヤマなし」「オチなし」「意味なし」の頭をとったもので
ジャンルを問わずヤマもオチも意味もない低質な漫画作品全般を指す用語として使われていて
「プロではない読み手の事までまだ考えられない素人作品だからね」と言う皮肉めいた言葉だったのですが
「面白ければOK」とヤマもオチも意味も持たない作品でも支持を受け始めたと言う背景もあります。

マンガやアニメの実写化もこれに異常反応する方をよく見かけますが
実写で人気があった作品がアニメ化する事にはこうした反応ってほぼ見たことがありません
結果的にはアニメや漫画が実写化して外れ作品も少くありませんが
原作より評価が高かったり人気がある作品はいくつか出て来ていますが
その逆に実写がアニメ化する事で原作を超える評価を受けた作品は私は知らないのですよね

こうした、反応は主にマンガやアニメファン特有のもので
正常か?異常か?と問われれば私には異常に見えます。
アニメ化、実写化、ゲーム化とは表現するハードが変わると言うことであり
当たるとか外れるとかではなく一つの可能性への挑戦なのだと私は思うからです。


最近はアニメを動画サイトなどで見ると
自分が理解出来なかった作品(心理描写等)
考えなくてはいけない作品を全否定する人を見かけます。

お店でもたまに
「なんでアニメは油断するとすぐこんな考えなくちゃいけない作品とかテーマが難しい作品が出てくるのだろう?」
「アニメは何も考えずに可愛いキャラ&カッコイイで萌え萌え言えて面白いだけの作品だけでいい」
↑こうしたことを言われる方も結構居ます。

確かに私だって仕事で疲れて帰宅して何気なく付けたアニメなどで
何も考えずにかわいいキャラを見て癒やされたい時はあります。
仕事で疲れてきたのに考える作品で更に疲れたいと思わない時もあります。

でも、だからと言って自分が求めたものとは違う作品があったとしても
それを否定することはありません。

実写の映画やドラマの作品でも
エッチなものもあれば考えさせられる重いテーマのものもあり
何も考えずにアハハと笑える作品があるのですから
アニメにも多種多彩な作品があってほしいと思うからです。

当時、SF映像作品を作りたかった人達が実写では表現できなかったなので
アニメーションで宇宙戦艦ヤマトと言う作品を作ったように
アニメや漫画には実写ではまだ表現出来ない作品を表現できる可能性を秘めているのですから
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〜〜故に私は考える〜〜
それでも多くの方はマンガやアニメは面白いか面白く無いか
ただそれだけで判断して楽しんで良いと思います。

それでも私は
●漫画やアニメはちゃんと人の役に立つものである
と、私は証明し続けねばなりません

漫画やアニメは
映画や小説と違って「ノーベル文学賞」とかそういったものがありません
まだ、社会的には娯楽の粋を出ずに芸術として認められていないのです。

それ故に、社会の空気が悪であり不必要と判断した時は
無くなってしまう文化だからです。
そうした空気と戦い続けるために私は考え続けています。
オタク趣味やコスプレ趣味などを隠さなくてもいいような社会の空気を作るためにも
考え続けています。

それが私の作品に対する姿勢と考える理由

萌えしか無い作品は内容も薄く
作品のタイトルが変わるだけで同じことを繰り返し
そしていつかは飽きられて
現在では漫画離れアニメ離れしてる若者も増加の傾向にあるそうです。

与えて貰うだけではなく
受け取る側の姿勢も問われている時代なのかもしれません

ですのでトワイライトでは映像研究会の時はそうしたお話もしています。

私は夢を見続けていたい
マンガやアニメで見た夢をより良い現実にしていく夢を見続けていたい…

人類が始めて月面にキスしたように…
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空気

2015/09/14 20:19
ちゃんと吐け、この伏線が回収され始めましたね。(ガッチャマンクラウズインサイトのお話)

空気を読むとは他者の事を考えるという事、
しかし、空気に流され自分の意思を失えば
そこに自分が存在する意味さえ失ってしまう、
どちらが良くてどちらが悪いという事ではなく
そんな空気の中で自分の考えや意思をしっかり持って吐き出す事

それにより個同士の争いや衝突もあるけど恐れずに乗り越えて行ければ絆となる。
人と人は違うのだから衝突はするものだしね(^ω^)

あとは、自分の中のバランスかな

そもそも、空気を読むと言うのは人が人の中で生きる上での一つの処世術であり
自分を守ったり居心地の良い場所を作る為に必要とする事であり
空気を読んで自分を殺し続けて居心地が悪くなるなら本末転倒であり
そのままでは救いが無い、未来を切り開く為には勇気が必要なのだ
(この場合の勇気とは「自分が傷つく勇気」「他者を傷つける勇気」こういうものも時には必要であり
人は傷ついてもそこから学び立ち上がって成長する生き物なのですから)

空気というのは「誰かの意志で操ることが出来るもの」なのですからね
ボードゲームやカードゲームではよくやりますw
案外、自分の意志で選択肢があるカードを引いてるつもりが
引かされるように誘導されているとかね(^^)


この世界の「何が」「どうして」「こうなった」で構成されるのですが
時代は「何が」→「こうなった」
そして「こうなった」
と、どんどん省略されていっています。

「こうなった」
で、対応すれば解りやすいけど後手後手にまわり
「何が」と「どうして」を理解してる人に操られてしまう
「何が」「こうなった」で対応しても
「どうして」を理解してる人に操られてしまう。

「空気が出来てしまっては遅い」と言う事もあるということであって
「何が」「どうして」「こうなった」を理解した上で
誰かが引かせようとしたカードでも
自分の考えと自分の意志で引くのであれば
それは自分の意志で引いたカードなのです。

引かせようとしてる側も常に悪いカードばかり引かせようとしているわけじゃありませんからね(^^)




私達の世界で例えるなら
完コスしなければいけない。
写真加工はマナーです。
似合わない人(美しい人)以外はコスプレしてはいけない
など、これが所属するグループや大多数のコスプレに携わる人が
「そうだ!」と思うようになればそうした空気が出来てしまい
コスプレとは?となるとそういうものになってしまう。

その居心地が悪くなればそのグループから抜けるしかなくなる
その空気がコスプレに携わる大多数の空気となれば
その空気で居心地が悪くなるなら
コスプレに携わること事態から関わりを持たないようにしないといけなくなってしまいます。

もしも、こうした空気が既に蔓延してしまったら
もう、そこから変えることはかなり困難になってしまう


マンガやアニメや映画などは
人が創り出した道具の一つであり
道具とは使い方次第で毒にも薬にもなります。
今回のお話は
一つの人生のシュミレーションとして捉えることも出来ますよ
と、言うお話

とは言え、大衆娯楽なので普通はこういう事は考えなくても良いこと
普通なら娯楽なので面白いか面白く無いか
それだけでいいと思います。

だが、私は考えなっくてはいけない
その理由は次の日記あたりで書くつもりです。
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喫茶トワイライト近況報告

2015/09/10 16:37
父との話の結果

「お店は貸し店舗故に次の借り手が見付かれば喫茶トワイライトは閉店することになりました。」


お店の売上が上がらなくても
私がバイトで支えるつもりだったのですが
「売上が上がらない店をいつまでもやらせておく訳にはいかない」
と言うのが父の意見

たぶん、私が昼(喫茶トワイライト)も夜(バイト)も働いているので
私の身体の事と将来の事を心配しているのもあるのでしょう。

私的には同人イベントやコスプレの未来を考えた時に
コミケットの理念や著作についてファンとしてのあり方や姿勢など
そうしたモラルやマナーや考え方を伝え続ける場が必要であり

イベンターやサークルやコスプレイヤーや一般参加者をそれぞれの立場で考えられて
繋ぐ一つのきっかけの場であり

こうした活動が今は実らなくても続けることで希望はあると信じて
売上より優先で活動し続けてきました。

ですが上記のことはあくまで私個人の考えであり
父には関係のない話

両親からすれば
老い先短い状況で自分達が逝った後
この息子が一人でちゃんと一人で生きていけるであろうか?
と言う心配が優先されるのでしょう

店舗はいずれ私のものになりますし
ちゃんとした店が入るなら家賃も入りますから
そうした店が入るなら金銭面での親の心配も少しは緩和されるというものでしょう


その昔、コミックネットワークが撮影機材持ち込み禁止をして
時代は変わっていったと思っています。
私はその時に何もしなかった事を後悔していました。
もしかしたらあの時動いていれば違う未来になっていたかもしれないと
思う時があります。
(この頃は国際センター、マリンメッセ、福岡ドームのどれかが月に一度のペースで
同人誌即売会イベントを行っていました。)

今回は事を成そうとなすまいと
「自分でやれることはやった」と言う満足感はあります。


大人の世界は
やることをやって結果を出さないと筋が通りません

今回の父の申し出に私はもう反論できませんでした。



ですが、まだ次の借り手が見つかるまでの時間があります。
そうそう簡単に見つかるものでもないと思います(^_^;)たぶんw

それまでの間、できるだけあがいてみるつもりです。
まだ、負けた訳じゃない、終わった訳じゃない
喫茶トワイライトは同人イベント系の文化の発展に必要な場所
終わるその日まで終らせないために諦めずに頑張ります。

ですので応援よろしくお願い致しますね
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Twitterで曲の歌詞をつぶやくと著作権侵害になるの?

2015/09/02 17:45
因みに歌の歌詞にも著作権はあります。
ですので、歌の歌詞サイトに行って
その文字(歌詞)を範囲指定して右クリックしてもコピー出来ないようになっています。
漫画とかに掲載する場合は
「JASRAC:社団法人日本音楽著作権協会」の文字が必ず入っています。

そこで気になるのは
ネット上で歌詞を書くと著作侵害になるのか?
ということですが
それについての記事がありましたので掲載しておきますね

「Twitterで曲の歌詞をつぶやくと著作権侵害になるの? JASRACに聞いてみた」
http://rocketnews24.com/2013/03/08/301492/

とまぁ程度問題であり
専門家であっても意見が別れる所
いわばかなりグレーに近いところではありますが
裁判によっては右にも左にも転ぶということですね

まぁパクるなんてことはプロの世界でもよくやっていることですw
画像

画像

↑「サルでも描けるまんが教室」これは極端ですけどねw
(みんなではありません)
プロの方同士でもよく著作権でもめるのは
こう言う背景があり「人気が出ればそれだけ金が動くし目立つし」と言うことでしょう
(要するに「叱られない範疇で楽しみましょう」ってこと)
(前回の日記は「叱られないからと言って調子に乗り過ぎると危険ですよ」って事)

だから私的には
白とか黒とか言わないで
こうした知識をちゃんと持ってグレーの世界の住人は
分をわきまえ金策に走り過ぎず目立ちすぎず
等身大の世界で楽しめればと思っています。

ファン人としてはパロディとはファンに対しての最高のご褒美だと思っています。
だって原作の知識がないとパロって成り立たないのですからw

それ故に私はGAINAX(エヴァンゲリオンを作った会社)になる前に作られた
「ダイコンW」を尊敬してやまない
https://www.youtube.com/watch?v=L0Cbo32FRPg
盗作と創作の間に生まれたこの作品は決して表には出でないし出てはいけない作品
だが、それ故にそのいろいろな規約に縛られない自由の中だからこそ産まれた
ファンの想いによる最高峰とも言える作品だからです。
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「無断転載」と「著作権」を考える

2015/08/31 15:37
最近ちょっと私の周囲で話題になったので
今回は「無断転載」をテーマにお話しますね
この無断転載のお話は「著作権侵害」に密接な関係を持つお話なので
二次創作に関係する同人誌作家やコスプレイヤーは
まず自分達がどんな世界に踏み込んでいるのかを知っておく必要があると私は考えています。

そしてそう言った事を知識に持って著作とどう付き合って行くか考えましょう。
2次創作である同人誌もコスプレも「著作権侵害」をしている行為なのですから
自分を棚に上げてヒステリックに騒ぐと肩身の狭い想いをするのは自分自身だということ
ファンとしてどうあるべきか?ちゃんと考えること
大切なことだと思います。


正確には無断転載というものは無く「転載」と「許可された転載」しかないのですが
この無断転載と言われる物はどこがいけないの?というと
複製権・公衆送信権といった財産権、氏名表示権などの著作者人格権を侵害など
こうしたものに当たるからなのですね


さて、著作法とはまず1次著作者がそれで利益を上げている場合
その人やそれらに関係する会社で働いている人達の生活を守るための
権利であるということが基点となります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
例えば自分でオリジナルのイラストを描いて
自分自身の生活を支えるほど誰かがそのイラストを購入してくれるかと言うと
なかなかそうはいけないのが現実
企業はそのイラストが「商品」となってそれに携わる人達の生活を支えられるようになるまで
宣伝費や開発費とお金と時間と労力を費やしています。

ようやく、周知していただけてそのイラストをグラスとかに張ると
100円のグラスが110円でも売れるようになりました。

するとまったく自分達と関係ない人もグラスを売りたくて
勝手にそのイラストを張ってグラスを売り始めると飛ぶように売れていきます。

それを見たらどう思います?

こちらは荒地を整地して畑を作って肥料をまいたり水を与えたりして害虫駆除したり
台風の日は風に飛ばされないように大雨の日は水に流されないように丹精こめて育てて
ようやく実をつけた果実を収穫時期に見知らぬ何もしなかった人がやってきて
勝手に収穫して市場に売りに出している。

↑このような行為に類似していませんか?

こう言う場合、企業は売り上げの7割を請求したり
売ること自体を禁止にする「権利」がある
と言う事であり

著作権侵害で訴えるのでは無く「権利侵害」で訴えるのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そこで、私達が上記の場合、どんな立場かと言うと
まぁ仮に企業が作ったものを「リンゴ」とします。

私達はこのリンゴがここまで立派に育つまでの苦労も努力も時間も知っていて
それらがあってようやくここまでの「芸術品」と言って良いほどのものに仕上がったと
歓喜しています。

周囲の人にこの「リンゴいいんだよー」と売る訳でなく
そのリンゴの良さを多数の人に伝えます。

遠くの人にはリンゴをもいで見せに行きます。
あそこの木になってるんだよ
僕たちは売ることは出来ないからあの木の下にある市場で買ってね
と、伝えます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
勝手にリンゴをもいで行く行為は例え売ることが目的ではないけどダメです。
ですが、宣伝の為やリンゴの良さを伝える為と解っているならば
貴方ならそれでも止めますか?
もちろん止める「権利」は貴方にはあります。

これが
「二次創作は著作権違反だけど営利目的では無いファンのやっている事なので黙認している」
と、言う状態なのだと私は思います。

もしも、私達がその信用を裏切って「自己の利」に走れば
貴方ならどうするか?
1人〜2人なら見逃しても100人1000人と増えれば貴方ならどうするか?
作品の権利はあちらにあるものです。
相手の立場になって考えることはそれを使う限りは考える必要はあると思います。

営利目的じゃないとは言え例えば
そのリンゴで野球をしてバットとかで粉々にしたりして遊んだら
どんな気持ちになるか?とかね

企業だって機会じゃなくて運営しているのは自分達と同じ生身の人間ですし
感情だってあります。
私達が痛いと思う事も同じように痛いと感じるのですから
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このリンゴ、ジャムにしてもジュースにしても美味しいなぁ
どうして作ってくれないんだろう?
↑これが二次創作にあたる行為になると思っています。

リンゴを作った人もジャムやジュースにすることは盲点だったかもしれないし
大量にジャムやジュースを作るとなると
土地を買って工場を建設してそこで働く人をやとって給金を払わねばなりません
給金を払う以上そこで働く人の生活を守るため一時的なものではダメだし
採算が取れると確信出来たら企業もGO!となるでしょう。

もしも、私達が勝手にジャムやジュースを
企業がやらないからとこっそり工場を作って大量に生産したとします。
その工場には従業員も雇いました。
その給金を払う為にジャムやジュースも販売しました。
この行為を数年続けて
リンゴを作った主から著作権で訴えられました
売り上げの7割を支払うかダメなら販売停止を要求してきたとします。
しかしながらその工場で生活を基盤としている人達が出てきているし
7割も支払ったらその給金が支払えなくなります。

もしも、これが数年にわたってと言うことであれば
そこに生活の基盤が出来てしまいジュースやジャムを作っていた人達にも権利が発生します。

もしも、貴方がリンゴを作っている立場の人であれば
どう思います?

怖くないですか?

まぁ正確にはこうなるとお互いの権利で話し合って7割を5割3割とか
お互いに折り合いが付く形に纏めるのですが
そもそも、「そう言う事態にしたくない」
と言うのが本音なのだと思います。
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今回は「リンゴ」で例えましたが
私達が扱うものは基本的には「ブランド(名)」なのですよね
名とは信用であり信頼であり集客力であり目に見えないものです。

ファン行為では無く
自分のオリジナルだと誰も見てくれないので
自分が注目されたいから人気作品のキャラを描く
人気作品のコスプレをする

これがファン行為なのか売名行為なのか区別が付かないから放任されているだけであり
売名行為であるならば
これは、ある意味作品の悪用だと思います。

コミケでも人が集まる場所なので
売れないアイドル事務所が売り込むためにコスプレ衣装を渡して
「これを着て写真に撮られて着なさい」
無料で宣伝してもらえるからと結構昔からやっているそうで
衣装が安価で手に入るようになってこう言うことも増えたとも聞きます。
まぁだいたいはアイドルでは無くAV女優らしいですが…


「悪用している」と判断されれば使用禁止の動きは厳しくなるでしょう
ファン行為なのか悪用なのか一見して判断出来ないという事は
「ファン行為であっても悪用と判断される事がある」と言うこと
だから、マナーやモラル問題で私達は口うるさく言うのです。

本音では許したくないけど
もしも「内心は悪用であったとしても見た目的にはお行儀良くしなさい!」
要は悪用していると見えなければ良いのです。
逆もしかりですよ
「ファン活動でも悪用してると見えればOUT」って事です。
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さて、本題の無断転載の話に戻して
ものすごく細かい事を言えば喉が渇いたからジュースを買いました
これを今から飲むぜ〜!と写真に撮影してツイッター等に掲載したら
これは「無断掲載」になります。

まず、ジュースの銘柄にも著作権はあります。
撮影の許可は取りましたか?
不特定多数が見える場所への掲載の許可は取りましたか?
これも公衆送信権、財産権、氏名表示権にあたるでしょう。
そのジュースのラベルの文字やイラストなどのデザインにも著作権はあります。
がんばれば複製権で訴えることも出来るかもしれません

無断転載と無断掲載で名称は違いますが
同じ罪状で訴えられるならようは同じって事です。

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無断転載で一番困るという話は
「配信元が解らなくなる」ということを耳にします。

名を売りたくて拡散したいのに…ということでしょうか
確かにオリジナルのイラストなら配信元は気になるし
ちゃんとそこへ辿り着くようなシステムがあれば…とも思います。

ただ、私達の二次創作をする業界では
「そのイラストが何かの作品のキャラである場合」は
それと解るものであるなら既にその絵やコスプレ自体が
やった人本人が「著作権侵害」をしているので
「自分を辿って配信元に辿り着き訴えられないようにする」
と言う「仲間を守る」と言うのが私達の世代の配慮だったのですけどね

もともと、私達は2次創作をするという時点で著作権侵害を犯している訳で
それ故に「閉鎖された限られた空間の中だけでファン同士だけで楽しむ」
と、言うことをしていた訳です。

最近はこうした活動もある程度表に出てきて
社会的地位も向上して通信機器の発達もあり
上記のような配慮や感覚が薄れてきているのを感じます。

その昔、サザエボンというキーホルダー等のグッズが大人気で
飛ぶように売れていたのですがTVで紹介されて
それが元で著作側にバレて訴えられたことがあるのですよ


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福岡でポケモン同人誌で訴えられた人は
企業から
【貴方の作品は私達の商品のイメージを著しくおとしめ売り上げを減少させた】
と、言われて訴えられたのです。

どれほどの二次創作作品が
【貴方の作品は私達の商品のイメージを著しく貶め売り上げを減少させた】
と、訴えられれば当てはまるでしょう?

女性が男性キャラのコスプレしていても当てはまるといえば当てはまるし
2次でのイメージ、絵柄、ポージング、ストーリー
あてはめようと思えば何でも当てはめられます。

ポケモンとか凄く売れている作品でその売り上げの数パーセントでも
損失が出たから払えと言われたら3万とか6万とかの話ではありません

とても、一般的な市民の個人が払える額では無いと言う事で
この方は留置所行きになりました。
(福岡の方だったので知り合いで直接本人から話を聞いています。)
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上記の方は同人イベントでサークル参加するだけでなく
当事はちょっと珍しいくらいの通販と言う手法で同人誌を販売していました。
「出る杭は打たれる」
言わば目立ったが為に生贄的に告訴されたという話もあります。

正直、現代では通信機器の進歩により
閉ざされた空間ではない
特にツイッターとかに
「2次のイラストやコスプレ写真を拡散する行為は非常に危険な状態」と思っています。

上記に書いた
ジャムやジュースの工場の話と関連させれば
そう言う行為をさせない為に1人でも生贄として告訴して
ニュースが広まれば簡単に激減させることが出来るからです。

「その生贄は貴方なのかも知れません」
と、言うことです。
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無断転載が!著作権が!とヒステリックに拡散が横行すれば
それが多くの国民意思と判断されれば
上記のようなこと(告訴)を「企業もやりやすくなる」と言う事です。

ここは民主主義の国ですし
「企業作品は著作放棄してて個人作品は著作で守られてる」
なんてことは無いのですから

逆に企業作品を扱うことの方がよほど危険行為である
と言う事を知っていて欲しい

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個人的にはツイッターでのリツイートも「拡散希望」と無ければ無断転載なのでは?
と、思うところもあります。
まぁ、これは機能的に付いている物ですし配信元に容易に辿り付けるので
と、言うことなのかもしれません

機能的に容易にと言う点では
画像を簡単にコピーで抜き出せますし
画像加工アプリで簡単に加工することも可能です。

本当は2次創作やコスプレはコスプレイヤーアーカイブのように
会員制であり通常のツールでは画像の抜出が出来ない(コピー出来ない)
機能が付いている所だけで仲間同士だけで楽しむ
こうしたスタイルが望ましいと思います。


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現在はモバイル機種とかで
こうしたツイッターなどの流れは若い世代をはじめ
そうそうとめれれるものではないと思っています。

コスプレの写真を鍵も無く拡散希望でツィートしてる人も結構見ます。
企業が作った既存のキャラ絵もですね

私は非常に危険な状態だと思っています。
「みんなやってるから良いよね」
↑これが当たり前になりつつあるからです。

冷静に考えてみて下さい
これだけモバイル機能が付いた携帯等が
当たり前のように普及していてもっていない人が珍しいくらいの環境ならば

例えばコスプレの写真を鍵も付いてない場所に貼り付けるという行為は
「地元の駅の掲示板に【拡散希望】と書いて
自分のコスプレ写真を貼っているのとほぼ変わらない行為ですよ」

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機械の機能上、容易にコピー加工出来る限り
自分が意図しない抜きだしや複製や加工はされるもの
やるならばそうした覚悟は持つべきだと思います。
日本人同士でどんなにマナーと唱えても海外で写真を抜き出して加工する所までは
止められないのですから
(女子高生の面白写真を海外の人達が大量にコラ加工したのは有名な話)

私達のコスプレ写真も何時ターゲットになるか解ったものではありません
イラストだってそうです。

ですので
観覧者は減っても
PCや携帯の機能で特殊なツールでも使わない限り
基本的には画像の抜出が出来ないサイトか特定の人にしか
観覧出来ないもしくは観覧に制限が出来る鍵をかける
そうした方面をお勧めします。

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無断転載、これは著作に密接なものであります。
ですが小うるさく言い過ぎると
私達は何も出来なくなります。

著作はそれを生み出した人の権利ではありますが
基本的にはそれで生活の糧に金銭を得る人を守るものであり
趣味の範疇でやっている私達にも権利はありますが
大きくは機能しないものであり
(例えば上記のポケモンのように自分が描いた
イラストやコスプレ写真を無断で使われた加工したとして
使った人がそれで収入を得ていない場合
私達もそれで収入を得ていない場合
相手にどれほどの損害賠償を要求できるのか?と言う事です。)
(仮に多額な金額が請求出来たとしたら
それ(損害賠償請求)をそれだけを目的とし利用、悪用する人が出て来くるかもしれません
私達がどんな立場に居るのか?よく考えましょう
自分が出来る事は他者にも出来るのですから)

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時代が変わって環境も変わり
このあたりの感覚がどうにも若い世代の方々と
合わなくなって来ているのを感じています。

中には、「1次創作物はいくらパクっても大丈夫だけど
2次創作物はパクったら駄目ですよ
だって、自分の作ったものを勝手に使われたら嫌じゃないですか
これはマナーです」
と、大真面目に言う方がいるのですから…
それ(嫌なのは)は1次製作側だって同じです。

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私達は
1次製作側が
「利益目的でなくファンがやっていることだから黙認している」
と、言うことにあぐらをかいて慢心してはいけないと思います。

そうしてくれている事によって
2次創作を通して私達は1次創作物の可能性の追求する活動が出来るのですから

ファンとして感謝と敬意の心は忘れてはいけないと思っています。

ヒステリックにもしくは正義感で
細かく言い過ぎるのも結局は自分たちの活動や世界の収縮に繋がる事も忘れずに

私的には今より少し前くらいのゆるい感じで
それでもわきまえる場所はわきまえる
それくらいの時期が好きでした。

今は、何も言われないから調子に乗って慢心しているように見えます。

失ってしまってからでは遅いので
この日記が少し落ち着いてそれぞれで考える切っ掛けにでもなれば…
と、考えています。
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人は人!自分は自分!

2015/08/07 21:19
人は人!自分は自分!
人にはそれぞれの考え方があるので
こちらも他者がやることや考えることに干渉しないから
こちらがやることもほっといて欲しい!


この世界で他者に干渉するということは
それだけで結構なエネルギーを使います。

しかし、この世界は人が2人以上存在すれば
そこはお互いの妥協の仕合と言う事になります。

それぞれの立場
それぞれの考えがある

それ故に
それぞれの立場や考えを無視するので無視して欲しいでは

数で劣る私達は自然にどんどんその立場や居場所を奪われていきます。


その昔、同人イベントに行く人コスプレをする人
中学生以降でも漫画やアニメあら卒業出来ない人は
大人になれない頭が弱い人、精神的に残念な人と言う偏見を受け
あまつさえ犯罪者予備軍扱いを受けていた事もありました。

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「コミケットの理念」に
★一般人へ理解されるように頑張ってみる。と言うのがあります。

 (・閉鎖的趣味の傾向であるからこそ内へ内へ入り込もうとしまいがちな所があります。
   それにより多種多様な誤解や衝突が生じます。))
 (・コミケやオタク文化を守るためには、コミケやオタク文化にに興味のない層に、
   コミケやオタク文化は「貴方達にとって有益な物です」と伝える努力が必要。)
 (・コミケットの理念による結果は社会こそがコミケに学ぶ事が山ほどあります。)

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我々や我々の前の世代の方々が
偏見や誤解が強かった次期に
こちらの世界に興味のない方々を無視せずに
誤解や偏見がある方々に説得や交渉、そしてその結果をひたむきに出し続けた結果
今の時代のように過去よりは社会的地位も出来ましたし
世界に広まる程に仲間も増えていきました。

この活動がなければ
今のようにコスプレオンリーイベントや
野外イベント(野外の会場もお借りする為には上記に書いたような交渉はしなくてはいけません)
コスプレ用のスタジオ等も
地域住民の反対運動など起こり実現は不可能だったでしょう。


人は人!自分は自分!
人にはそれぞれの考え方があるので
こちらもそちらのやることにどうこう言うことはしないから
こちらがやることもほっといて欲しい!

この考えを主張するのであれば
我々はまた小さな会場の室内でこっそり人知れず活動するしかありません
何故ならば人の世界が妥協の仕合なら
主張をしない方はどんどんその場を奪われ追い込まれていくからです。



今、野外撮影に行ける事、野外イベントが行われること
これら全ては「当たり前に出来ることではなかった!」と言う事を
忘れてはいけません


「遊び」と言うのは「無駄の中にある」
「幸せ」と言うのは「当たり前だと思うものの中にある」


我々の世代であの悪列な環境の中
それでも私達が踏ん張って頑張ってこれたのは
「仲間(同士)が居たから」自分達の活動に「誇り」があったから
未来に「希望」があったから、そして、「人を信じたから」と言うのがあります。

犯罪者予備軍扱いを受けていた私達は
現代でここまでの社会的地位を築けました。
きっとまだ先に行けるはずです。



今回の話は話のテーマにそって書いています。
極端から極端に受け取るのではなく
状況によって使い分けましょう
社会において他者に合わせることも大切な処世術なのですから

大切なのは「今」と「自分はどんな未来を望むのか?」と言う事です。
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コスプレイヤーのアルバイトさん募集

2015/05/29 21:06
コスプレイヤーのアルバイトさん募集
【技術を身に付け店長と一緒にコスプレ・同人・アニメ・マンガのイメージを変えて行きませんか?】

時給1500円(出来高制)
勤務時間:休日応相談
(週1日でもOK)
まずは電話連絡後、面接時に仕事内容説明いたします。

(コスプレイヤーのアルバイト募集ですが店内でコスプレする仕事ではございません)
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日本全国オタク化計画(そして、今、失われしもの…)

2015/05/19 22:03
まず、今回のお話に入る前にこちらの動画に眼を通していただきたい
https://www.youtube.com/watch?v=BSIJIqERfj4
「ジャパンプライド3」
35:36秒辺りから
「アメリカ寿司VS日本寿司」の続編で「海外寿司VS日本寿司」があります。

ここで海外寿司のシェフのティムは
【創造性と言う部分において日本の寿司は世界に後れを取っている】
【伝統に縛られすぎていて進化が止まってしまっている】
↑このように述べています。
要するに「世界の寿司は発祥の日本であっても既に追いつき追い越した」
と、言っているのです。

そして更にこう言います。
【世界では日本の伝統的な寿司より僕の寿司のほうが需要があるのは事実】

「何を言ってるんだコイツ」
「解ってない」
「そんなバカな」

こう思いの方も居るかもですが
そもそも日本の寿司は長い間なかなか海外に受入れられることが出来ず。
嫌々ながら日本食は健康に良いとか言われて我慢して食べていた程度だったのですよね

もちろん定着させようと色々な営業マンがあの手この手を使った背景もありますが
料理人だって美味しく食べてもらおうと
現地のシェフ達の試行錯誤もあり進化し続けた背景があります。

もしも、海外のシェフの寿司に「えぇ〜!」とか驚かされたなら
その時点でシェフの術中にハマったものと言えるでしょう。


さて、対する江戸前寿司の寿司職人の岩さんはこう語ります。
【日本の文化が外に広がる事は良い事、ただ、それが間違った感じでいかなければいい】
【僕達は日本人として伝統を受け継いで来ている】

さて、両者の意見が出た所で相反したものがあります。
ティムは「日本の寿司は伝統に縛られて進化が止まった」
岩さんは「伝統を受け継いで来ている」

はたして、伝統を受け継ぐがあまりそれに縛られ盲目となって
本当に日本の寿司は進化が止まってしまったのであろうか?
それとも、それらも承知のうえで守り引き継いでいかなくてはいけない
伝統とその価値というものがあるのか?

そうした視点でお話を進めていきたいと思います。

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そもそも寿司とは何か?
Wikiにはこう記されています
「寿司と呼ばれる食品は、酢飯と主に魚介類を組み合わせた日本料理である」
あくまで「主に魚介類」であり魚介類でなくても
寿司にはなるのですよね

ならば、安くてよりより面白くて美味しい寿司に軍配が上がる
そうした視点で見れば海外寿司が優勢であり
なるほど「日本の寿司は伝統に縛られて進化が止まった」と言う意見にも頷けます.
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しかしながら多くの日本料理の神髄は
「食材、そのものの味をより引き出し味わう」と言う物があります。

所謂、これこそが日本人の精神の「侘び寂び」の精神そのものなのです。

詫び
「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」
錆び
「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさ」

日本の伝統の寿司もその例外では無く
逆に江戸前寿司や老舗の店は色濃くその日本料理の神髄を伝統という形で
受け継いでいるものなのです。


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例えば、解りやすい例えで
スイカを食べる時に塩をかけて食べたりしますね
想像してみてください。

スイカに塩をかけるのは
スイカの本来の甘みを引き出し味わう為に適量をかけるのですよね

スイカの味が損なわれるほど塩をかけるのは無粋と考えるのです。
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もしも、この塩がとても美味しい塩だったとします。
塩が美味しいのでついつい塩をかけ過ぎてスイカそのものの味が損なわれてしまう。
それどころかスイカの味がしないほどかけてしまう

いやいや、そんなバカな?

そうでしょうか?
では、塩をソースに置き換えスイカを他の食材に置き換えて想像してみてください
普段の食事でどれだけその食材そのものの味を楽しんでいますか?

番組の105:27辺りでヒラメの昆布締めの刺し身を食べた時に評論家はこう語ります
「ヒラメを食べた瞬間、あまりに味が無くて拍子抜けしました」
「ただ、噛んで行くうちに純粋な魚の味を感じその不快味わいに感激しました」
と、あります。
これこそが日本料理の伝統で伝えていることであり
侘び寂びの
「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」
「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさ」なのです。

こうした心は食を通し大自然の恵みの豊かさを人に教えてくれます。
そして、人も自然の一部であり自然を大切にする事、
さらに、その自然を損なわないようにして人がどのように発展するべきなのか?
そういう事を考えさせてくれます。

日本という国の自然の森林はその70%が人が管理しないと枯れて無くなってしまうと言われています。
もちろん、本当に無くなるのではなくきっと人が管理していた自然が無くなるだけで
雑草とかがお生い茂るだけなのでしょうが
「人が自然を理解して管理共存している姿」と考えて見ていただければ幸いです。

食を通してこうした事を学び理解してこそであり
理解出来ないものはそこに存在していても「無いに等しい」と言う事を忘れてはいけません

ヒラメの味というものはとても繊細な味です。
食べる側がその味を味わおうと意識して探さないと
「味がしない魚」としか認識されず味付け用の濃いソースの開発が進み
養殖するにしてもヒラメ本来の味が濃くなるような育て方はしないでしょう


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ネタバレしてしまえば
僅差ですがこの番組では江戸前寿司が僅差で勝利します。
しなしながら私の見解では
審査員は全員アメリカ人だったとは言え
料理評論家であり味が解る人達であって逆に評論家とは言え
海外の人達は日本料理の事を理解して来ていると言う事を示しています。

ですが、多分まだ庶民の方はそこまで至っているとは考え難いです
だから審査員がアメリカ人のそこらの一般の方々だったら
勝つことは難しかったと思います。

では、これが日本人の一般の方々ならどうでしょう?
今の日本もくるくる寿司や100円寿司が流行していて
庶民にも親しみやすくはなりましたが
そのメニューは海外寿司化してきていませんか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「英国一家、日本を食べる」の三話で
日本の料理人達の料理を鬼塚さんが食べた時
画像
画像

「塩辛すぎるし」「味が濃すぎる」
と言われます。
要するにこれは私が上記で書いた「スイカと塩」と同じ現象が起こっていると
思っていただければ解りやすいと思います。

しかしながらこれは「客が求めたっ結果」で
客が濃ゆい味のほうを美味いと判断して変化していったものだと思います。

所謂、味が濃い店が生き残り素材本来の味を引き出そうとした店は潰れたか
生き残るために変化せざる得なかったということです。

そして、それは料理人達の中からも日本料理の神髄を知らず理解出来ない
そうした人達が増えてその逆にそうした料理人が減って来ているということを記しています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
随分前に作品の話でこの手の話を友人とした事があるのですが

友人は「俺達は別に評論家じゃない、面白い、美味しい、そう感じられればそれだけで良い!」

そう、言われてました。
「理解されないもの認識できないものはそこに存在していても無いに等しい」

人の味を感じ感じる器官は浪費するのです。
例えば同じ甘さばかり食べていると飽きが来てだんだん感じられなくなり
更に甘みを加える。そしてその甘さにも慣れて来て更に甘みを加える
最終的にどうなるかというと味覚が破壊されるか何も感じなくなると言う限界地点に到着するのです。
それは作品を見るという事でも同じ事が言えます。

文明社会における「死に至る病」
この世界を単純化し全てを理解したつもりで
見たいものしか見ない聞きたいことしか聞かない
そんな事しか繰り返さなければ
本当の世界の景色は見えないし感じ取ることは出来ないし
早々と飽きが来てしまう。


所謂「生を実感出来無くなってしまう」心の病です。

好きな感覚は浪費し感じなくなり
嫌いな感覚は敬遠して遠ざける
奥底にあるものは探そうとしない

その先は擬似的に何も感じない世界であり
生物は何も感じなくなると生を実感出来なくなります。
自分自身が何も感じないと他者の痛みも理解出来なくなります。
痛みが理解できない想像できないと
人は人に残酷なことが出来るようになります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コスプレも私の感覚では本来は「人の想いを仮装で表現した」「仮装表現」なのですよね
本来は「ファンによる仮装参加者」であった訳であり
いわば、「感情表現の一部」なのです。
コスプレそのものは著作法違反にあたりそれでも企業側は
「ファンが非営利でやっている事だから」と眼を瞑っていてくれているだけであり
企業側は権利侵害で訴えてくるのですから「権利を侵害しない」と言うことを抑えつつ
「コスプレさせてもらっている」と言う製作者に感謝の気持を持って
「人の想いは比べるものでは無い」と言う部分は抑えるものだと思っています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(なんか今のコスプレ界ってキャラに似てなきゃdisられるし
ロケーションこだわんなきゃdisられるし
衣装のクオリティ低いとdisられるし
みんなツンツンしてて交流せずに
黙々と良い作品残す為に撮影するしなんかちょっと居づらいよね)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
↑前に見た事があるつぶやきなのですが
コスプレの本質から外れ見た目の華やかさに惑わされれば
コスプレはこういうものになっていくし
居づらくしているのはコスプレを見た目でしか判断出来ない
コスプレする人達自身であるということ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は、今、流行しているコスプレはあまり好きではありません
衣装は量産品、ウィッグにカラコンに厚い化粧
演劇のプロの指導とか熟練者の指導とか知りませんが
コレではキグルミ着ているようなもので
誰が中に入っても同じであり逆に「こうでなくてはいけない」
と言う空気が出来かけているからです。

私はコスプレを通して「その人その人の想いを見たいし感じたい」のです。

この構図は「海外寿司VS江戸前寿司」の構図と類似しているものを感じています。
海外寿司もその功績や進化は評価するべきものであり
コスプレの進化も評価するべきものと思っています。

しかしながら、だからと言って
江戸前寿司や衣装は素人の手作りしかも始めてでウィッグ無いカラコン付けてない
それもでその人が今、出来る範疇で一生懸命表現し思いがこもったコスプレも
否定されなくなっていいものではないと思います。

人の想いもヒラメと同じくよく見ないと伝わりにくいものです。
見た目の華やかさやソースの味に誤魔化されないで
貴方にしか出来無い貴方だけの表現をして欲しい

「人の想いは比べるものじゃない」
↑これは比べないから天井が無い(終わりが無い)と言う事です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、話を戻して
上記の寿司勝負でも寿司職人の方は素材を探すのに苦労しましたね
素材そのものの味が蛋白であると
素材の味を引き出す日本料理はそのただでさえ解り難いのに
その素材自体の味が薄いと言うことで
日本の漁業がそうしたことにまで気を配ってそれを当たり前と言う高みまで上げていたのですよね

もしも消費者がそれを解らないなら
働く側も「なんでそこまでしなきゃいけないの?」になるでしょう
実際海外ではそうです。


https://www.youtube.com/watch?v=P9m_eeT826Q
↑「ぶっこみジャパーズ」
こちらぶっこみジャパニーズと言う番組でも
寿司についてありますが
番組の作り方にちょっと私的に引っかかりますが
寿司職人の風戸さんが泣いた気持ちに私には共感します。

こちらに出てきた海外の寿司職人は
「寿司は食べたこと無いけどWikiやYou Tubeで見た」
「半年で寿司を極めた」
この用に語っています。

…ネットやiPhoneなどが普及して
こうした人達が日本人にも増えていますよね

自動販売機でコーヒーが飲める時代にスターバックスで高いコーヒー飲むやからの気持ちがわからない
あんなのはコーヒー通を装って企業に踊らされているだけだと言ってる人が
紅茶に関してはネットで調べた情報をそのまま記憶(コピー)して延々と語るのですから(ヽ'ω`)

ネットやWikiは確かに多くのことを調べられる便利なツールです
ネットの情報やWiki等は参考程度に止め
自分の五感を使って感じそして自分の言葉を持って欲しい

学ぶと言うことは真似をすると言う事
極めると言うことは仕組みを理解して自分流に作り上げていく事
Wikiやネットの情報や知識はPCの中にだってある事です。
知識が無くても検索すれば得られる程度の情報であり
その情報を入手した時点でまだスタートラインなのです。

なぜ、そこまでの知識を持っていてそこで満足して活用しない…
勿体無い、次のステップにいけるのに…
と、ついつい思ってしまいます(^_^;)
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この世界の理が見えて仕組みが見えれば
牛だといわれて豚肉食べさせられても気が付かない人にはならないでしょう
https://www.youtube.com/watch?v=byhXhhe1FYU
↑「食品偽装 衝撃の手口」ザ!世界仰天ニュース」
生き残るためにあの手この手を使ってきます。
本物と偽物を見分けられなければ良いカモにされるということ
偽装した方が悪いのは当然ですがそのおかげでそこで働く職員はご飯が食べれたのだし
その子供はその金で教育を受け育ってきたのです。

彼がやったことは決して褒められることではありませんが
どこの世界もギリギリでやっているのなら
国内にかぎらずこうした人達は出てくるものであり
彼の言っている
「販売店も悪し半額セールを喜んで買う消費者も問題がある」
と言う言葉も一理あるかもしれません

安かろう良かろう、では無く
安かろう、には大抵裏がある

美味かろう、良かろう
だけなら日本の伝統の寿司はその美味さが理解されなければ消えていくのみ

私達のオタク文化もコスプレもグレーというとても微妙な立ち位置にいます。
最近は仮装すれば何でもかんでもコスプレ、コスプレと出ますが
コスプレとは何か?を多くの人がラインも引けずに混同し見失えば消え去るのみですし
海外にも間違って伝わっていきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「違いが解るからオタク」であるならば
四季があり感受性が豊かな日本人は全員オタクになるべきであり
オタクは文明人の中でも高尚な存在なのだと思います。

オタクが差別されるのではなくオタクになれない人こそに問題があり
ちゃんと良識のあるオタクに皆がなれるようなシステムや教育の構築こそが
求められる未来なのではないか?と私は考えています。

これらに紹介した人の五感は誰もが持っている機能であり感覚です。
そして五感は鍛える事が出来るものです。

その手始めは「意識すること」です。

私達の世界で言えば
アニメーションとはアニモと言うラテン語から来ており
アニモとは「命」とか「魂」と言う意味を持ちます。
ディズニーは世界にアニメーションを配信する時
絵に命を吹き込む魔法の技術と言いました。

絵に命を吹き込むということは
現実世界の命を良く観察しないと行えないこと

前に私は数回前の日記で「風立ちぬ」で風の事を語りましたね

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もともとこうした能力は誰もが持っていて
例えばだけど「雨読み」の能力もその一つだと思います。
所謂天気を読む力ですが
「数時間後に雨が振りそうだ」とかね
ですが天気予報とか文明社会はどんどん便利になって
そうした能力を磨かなくても良い環境になってきています。
使わない感覚は研ぎ澄まされないし退化して行き失われていきます。

私は昔の日本人のその殆どはオタクだったと見ています。
そうでなければ江戸前寿司とか日本料理の神髄とか残らなかったと思うし
そこまで高尚なものでもなかったのではないかと思います。
オタクである事が日常であり普通であったからこそ
特別では無かった。

現代社会ではそれらが失われつつあるので
私は「人が生を実感して生きる」為に
知能ある本当の人として生きる喜び
この世界に生を受けた喜びを知るためにも

当時は当たり前で必要がなかった事でも
今の現代ではそうした事を教える「教育」が必要なのかも知れません
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今、日本は世界で3番目に裕福な国ですが
そうした先進国の中で最も裕福で貧富の差が激しくないのは日本なのだと思います。

そんな日本で今は先進国の中で一番の自殺者が多い国となっているそうです。
死と隣合わせに居ない私達が更に五感の感覚を麻痺させたなら
死という感覚さえも麻痺するのか
生を実感したくてそうした刺激を求めに行くのか
私には解りませんが文明社会の「死に至る病」を考えると無関係でも
ないような気がしてなりません

最後に「アメイジング・グレイス」の歌詞の
https://www.youtube.com/watch?v=GU72aKC62JM

「今まで見えなかった神の恵みを今は見出すことが出来る」
または「私の目は見えなかったが今は見える」
これは、本当に目が見えないのでは無く五感を研ぎ澄ますことで
この世界の理の一部が見えて理解出来たと言う事を記していると
私は解釈しています。

私は宗教家ではありませんが
料理にしても音楽にしてもこの世界にはそうしたこの世界、
もしくは神と呼ばれるもののメッセージが含まれており
それらを感じ取る扉を開いて理解し想像して創造して共存する
それが自然界にある真の人の姿であるような気がします。
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「現実無くして想像無し」
「リアルな想像は現実と等しい」
五感を鍛えるだけで人の想像力も自然一緒に鍛えられます。
何故ならば「現実無くして想像無し」だからです。

私達の世界で例えるなら
例えばナルトのカカシ先生はどっちの目を隠してるでしょう?

ただ、流すように漫画を読んだ人はパッとは答えられないんじゃないかな?
でもカカシ先生の絵を描いた人やコスプレする人は間違わないようによく観察します。

意識すること
それはそんなちょっとした事からなんですよね(^^)
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日本全国オタク化して扉を開き人類は次の段階へステップアップ
色々見えてしまってこの世界に不満があるなら
その不満の数だけ生きてる間にやれる事はあるのですから

でも、私の感覚では見えたら不満の数が減るのですよねww
理が見えれば仕組みが解り仕組みが解れば解決法も見えてきますしね(^^)v
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喫茶トワイライトと閣下(店長)の近況報告

2015/05/01 13:01
本文は私閣下の個人的な心境の事を書いていたりしますので
興味のない方や結果だけ知りたい方は
一気に下記までお下がりすることを推奨します。


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私が喫茶トワイライトを開業する前に
私は未来を予想した時の不安要素と希望を想像していました。

不安要素
●DQNとコスプレイヤーの混同化による侵食
  (マナー低下問題による社会からの圧力)
●仲間意識の濃度が減少する
  (内部崩壊、圧力への抵抗力低下)
●漫画離れアニメ離れゲーム離れ
  (単調さ作品が増え飽きてくる)
●それらによるイベントやアニメ漫画なのど全国的な縮小
 もしくは多種多様な規制や自粛による圧迫
●イベントの居心地が悪くなる
 (マナーが悪い人が多くなってイベントに行きたくなくなる等)

希望
●コンテンツの活気復活
●マナー向上
●経済面での景気向上
  (社会貢献)
●国際交流
●全世界の人達で民度向上

不安要素を希望で塗り替えて好きな物を好きと堂々と言え
経済的にも豊かに人が人に優しい社会作りの道しるべになれればと思っていました。

「一般社会こそコミケットに学ぶ事が沢山ある」
↑この考えは今でもゆるぎません

そして「世界は日本に学ぶ所が沢山あるそして日本も海外に学ぶ所がある」

ですがトワイライトをオープンして5年がたち
売上も上がらず客が0の日も続いたりで経営的にはかなり厳しい状況でした。
何より一番辛いのは「活動している事に手応えをあまり感じ無い」と言う部分です。
ダイエットでも食べるのを我慢して
運動も沢山してるのに体重が減らない次期が続くと心が折れそうになります。

5年やって志を同じくする同志が増える訳でもなく
ブログなどの反応も薄い
相手の事を思って注意してもその事を考えてくれる訳でもなく
ただ、注意した人の評価を落とした(否定した)悪人と受け止められてしまう

「コスプレをすることに誇りを持って欲しい」
「同人活動は素晴らしいことをしている」
「マナー問題は私達が姿勢を正す所から改善して行ける」
「人の想いは比べる物じゃない」
「ファンとはその作品と同じ作品が好きな人達を大切にする人の事」
「一般社会こそコミケットに学ぶ事が沢山ある」
「世界は日本に学ぶ所が沢山あるそして日本も海外に学ぶ所がある」
「コミケットの理念を浸透させて著作物を扱うと言う事、その付合い方を多くの方に知って欲しい」
「コミケットの理念を浸透させて未だに残るオタクに対する世間の偏見や誤解を説いて行きたい」
「そしてこれらは巡り巡って自分達の「利」として帰ってくる」

↑これらの考えは私の中では揺るぎませんが
こうした事を考えているのは世界中で私だけであって
「はぁ?何言ってんのこの人、迷惑なんだけど」
と、思われているのでは無いかと不安になる時もあります。(ーー;)

「時代がもう違う…」「考えすぎないで今を楽しめば?」
↑こう言うアドバイスをくれる方もいました
好きな同人イベントにも行けず、新作衣装も作れず時間だけは過ぎていく中

実家に戻れば父と顔を合わせる度に呪文のように毎度
「売上が上がらないなら店をやめろ!あの店がお前の人生の足かせになっている」と言われ
その言葉に反論も出来ず

精神的にまいっている所に
タイミングよく就職の話が来て面接に受かり
働く事になろうとしていました。
正直、私の年齢で就職が決まると言う話はなかなかありません
たぶん、私にとっては人生のターニングポイントです。

「道は一つではない」
生活を安定させて貯金が出来れば海外のイベントだって行けるし
皆で行けないなら一人で行っても「希望」の部分が喫茶トワイライトを通してやらなくても
結果として出来れば良いのではないか?

所詮、趣味の店であり結果的に必要としてくれる人は今の店の来客の数が示しているのだし
「5年やって結果が出なかった」
「何もやらなかった訳じゃなくやった結果で現実が答え」

「皆で姿勢を正してオタク文化で国際交流しに行きたい、そして日本の良さを海外に伝えたい」
↑なんて事は私の我侭であり業であり
他者を巻き込んでまでやることではなかった

そう、思っていました。



ですが、やはりその夢は捨て切れません
「楽しい事は分かち合う仲間が居てこそ楽しめる」
「同じ夢を見た者同士で一緒に達成させなければ得られない」
業でもエゴでも我侭でも構いません
私は私が信じた希望を捨て切れません

今、先進国の多数は日本ブームが来ています。
アニメや漫画だけでは無く日本食、布団、緑茶
そして日本人の精神や考え方、
それはマナー部分や民度の部分だったりします。
日本ブーム、クールジャパンが来てると言うことは
「世界は日本から学ぼう」としている、聞く耳を持とうとしている
と、言うことです。

しかしながらその反面
サブカルチャー文化においては
「日本から悪しき文化が流れて来た」と反論する人達も出て来ています。

それはアニメや漫画の扮装をしてマナー低下や非常識な行動をしているDQNと混同視されたり
青少年健全育成条例」改正案で指摘された部分をピックアップされて
マンガやアニメやサブカルチャー文化=過激な暴力表現&ポルノ
このように誤解されたり偏見を持たれないように

私達は「姿勢を正して」行く必要があるのです。


決まった就職先を蹴って
喫茶トワイライトがオープンするのに影響が無い時間帯のバイトを探しました。

喫茶トワイライトの売上は上がらなくても例え客が0でもオープンし続けます。

両親には売上が上がらない店を何故続けるのか?
私の信念を話した所で理解してもらうのは難しいでしょう。

折角決まった就職もこの年齢で蹴るとか自分でも馬鹿な選択をしたと思います。
ですが、そうした結果「俺の人生はこれで良かった!」と思って死ねない
そう思ってしまったのです。


同人イベントで当時嫌われていたコスプレを定着させる為に活動しました。
レイヤー同士で交流出来るように名刺交換や会報を配ることをしました。
(SNSとか無かった時代です)

結果では無くそこに向かう姿勢が大事であり
向かえば結果は後から付いて来る

自分は常に「信念を持った挑戦者」でいたい

ずっとそうしてきたのだし
それこそが自分の生き様なのだから

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と、言うことで
喫茶トワイライトは継続します。
2転3転してご心配やご迷惑をお掛けして大変申し訳ありません


月〜日(定休日:水曜日)
飲食コーナー:15時〜22時
整体     :15時〜22時
撮影スタジオ:10時〜深夜1時(予約制)
(お泊り撮影:要相談)


店内で整体をしたい(覚えたい)レイヤーさん募集
給金:出来高制
(電話連絡またはメールでお待ちしています)
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コスプレをする事に誇りを持って欲しい

2015/04/27 18:34
『刀剣乱舞』のコスプレイヤーが無断で敷地に侵入、
桜を折って逆ギレ→ツイッターで報告した被害者が袋叩きにされる事態に
in115.com/archives/52074989.html

↑最近呟いたニュースですが
私から言わせればこちらはコスプレイヤーでは無く
仮装したDQNなのですよね。
【DQN=不良や反社会的な人、ヤンキー系列の低脳な人間、
非常識な奴、支離滅裂なことを言ったり説明能力のない人間を指す言葉】

DQNとかあまり、良い言葉ではありませんが
あえてこの言葉を使うには理由がありますがそれは後に…

とりま、次のニュースですが

【悲報】日本の奇祭「かなまら祭」の巨大男性器モニュメントの設置が自粛へ! 
一部客の露出・違法行為に神社側が激怒 :
http://jin115.com/archives/52075126.html

↑こちらはコスプレイヤーでも無ければ仮装をしている訳ではありません
でも、やってる内容は私は上記のニュースの人と同じだと思っています。

野球の時もそうですが優勝すると川に飛び込む人達がいます。
そうした人達はファンでもなんでも無くただ祭りに便乗して
はしゃぎたいだけの人達なのでしょう。

何が言いたいかというと
こうした人達は必ず出てくる訳で
私はアニメや漫画やゲームの扮装をしてるからと言って十把一絡げで見られるのでは無く

「本当のファンだったらこういう事はしない」

と、ちゃんと区分してみてもらえるようにしたいと思っています。

だから口を酸っぱくするように何度でも
「ファンとはその作品と同じ作品が好きな人達を大切にする人の事」と言ってます。

「何かが好き」と言うのは「好きなら何をやってもいい」と言う免罪符では無いのです。
こう言う思考は自分勝手で自己中心的なストーカー心理みたいなものです。

現代社会では芸能人が仕事でアニメや漫画キャラの扮装をしても
コスプレとニュースで報道されたりします。
では、ヒーローショーでヒーロースーツ着た人達はあれはコスプレですか?

私達、同人イベント発祥のコスプレは初期は「ファンによる仮装参加者」と呼ばれていました
何かが好きでその想いを形にした
それは絵が得意な人は絵で漫画が得意な人は漫画で文章が得意な人は文章で
音楽が得意な人は音楽で衣装を作れる人は衣装で表現した。

得意と言ってもプロではありません
絵が上手い人そうでもない人もいろいろいます。
それは衣装作りやメイクだってそうです。
素人が手探りでそれでも一生懸命思いを形にしようとした努力の結果です。

ですので、私にはそのファンの想いを一生懸命紡いだコスプレと
上記の祭りに便乗して非常識な行動で法を犯したり自分だけが今だけが面白ければいい
やったもん勝ち的な人達と同じ人達であり仲間だと思われるのは非常に不快であります。

人の思いというのが数値化出来ないことを良いことに
「好きである」「ファンである」と言う言葉を盾にして犯罪を犯すのであれば
それは「悪用」としか言いようがありません

ファンが「ファンとはその作品と同じ作品が好きな人達を大切にする人の事」であるならば
自分達が好きな物をそう言った悪用に利用されるのであれば
人一倍不快になるのは当然の心理だと私は思います。

こうした事をする人達の中には
「ある程度悪さをしても仲間が沢山居るから手が出せない」
こう考えている人も居るかもしれません

確かにコミケは3日間で約60万人の人が出入りします。
たぶん、GLAYやスマップがコンサートを開いてもこれ程の人は集まらないでしょう。

ですが、ここで一つデーターを出してみますね
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●コミケット3日で約60万人
●全国のコスプレイヤーの数、およそ10万人

◎東京の人口約1300万人
◎日本の人口約13000万人

○新宿駅の利用者1日で350万人

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コミケットの60万人も3日間でのリピーターの数も入っています。

私が「私達は少数派であり弱者である」と言っている意味がお解り頂けたであろうか

もしも、明日にでもアニメや漫画やコスプレや同人が無くなったとしても
社会にはそれほど大きな影響は無く
違う娯楽を探すだけなのだと思います。


ただ、アニメや漫画やゲーム等にかんするサブカル文化は
【不況の時代にも売上を伸ばしている】と言う実績があり
この社会不況を脱出する数ある中の一つの可能性としてピックアップされているに過ぎません


これが社会にとって悪だと多くの意思に判断されれば
簡単に消えてしまう世界なのです。


ですが、どうしても上記のニュースのようなDQNは必ず出て来ます。
だから、私達はコスプレをする事に誇りを持ち

祭りに便乗してアニメや漫画キャラの扮装をしてそれらを悪用するDQNと
想いを継ぐんで形にする我々とは違うのだと主張せねばなりません


私があえてDQNと言う言葉を使うのは
「ファンならばそうした人になり下がるな!」と言う強い思いがあるからです。
【DQN=不良や反社会的な人、ヤンキー系列の低脳な人間、
非常識な奴、支離滅裂なことを言ったり説明能力のない人間を指す言葉】


「かなまら祭」でもDQNに荒らされて規模縮小や自粛に追い込まれています。
それは私達の明日の世界かもしれません

このまま、私達の活動とDQNを同一視され続ければいずれは
私達の活動も社会に悪と判断されるでしょう

結託してそうした社会の風と対抗しようにも
仲間意識は薄れ結託力を失いつつあるのも不安要素の一つです。

コスプレだけ觀ても「同人イベント」→「コスプレオンリー」→「スタジオ撮影」「ロケ」と
こうした流行の流れを見て周囲に人が居る環境から
だんだん周囲には人が居ない環境を好む流れになってきています。

「身内だけで楽しむ」「知ってる人達だけで楽しむ」
では、その身内や知っている人達は、その仲間と呼べる人達は何万人居るのでしょうか?

喫茶トワイライトにもスタジオはありますが
私はスタジオを流行させるつもりでやっているのではありません

現代の流れが「スタジオに向かう人が増える」と予測して先回りして
スタジオを利用する人達に喫茶トワイライトを通して
同人イベントやコスプレイベントに興味や感心を持ってもらいたい
そしてスタジオを利用する人達同士に交流や繋がりを持ってもらいたい
そうした思いがあります。

そして「ファン」と「DQN」の区別が付くようにラインを引く

このラインが上手く引けないと
一般社会的にみても
【この社会不況を脱出する数ある中の一つの可能性」
の一つを失うと言うことはそれも社会的損失だと私は思います。



あと、「ファンならば制作側の事も知って欲しい」
これは、個人的な願望ですが
桜の木を折った娘さんも
もしも、桜がそこまで枝を伸ばすのにどれだけの年月と
それをそこまで大切に育てる苦労とかそうした知識があったならば
大切にしてくれたんじゃないか?と思うからです。


オタクは脳味噌が大人になれない残念な大人子供ではありません
空想を現実にする力
いわゆる2次元にあるものを3次元に引っ張りだす力や可能性を持った存在です。
私達が当たり前に出来る事も誰しもが当たり前に出来る事ではありません

人の想いは比べるものではありません
自分自身の想いもその時のお想いが本物であったならば無かった事にしたい過去にしないで下さい。


昔の日本の職人さんの言葉でこういうものがあります。

【仏作って魂を入れ忘れ】

技術だけを学び形だけは立派なものを作れても
作った者が魂を入れなければ、単なる木や石と同じである

と言う意味の言葉です。

私達はまず愛を込める所から入ります。
職人さんでも忘れがちであり見失いがちであり最終段階の部分です。

その部分を私達は一番最初に込めているのです。
技術に溺れてそれを見失わないで
営利を目的としない私達はそれを生活のために売る必要はないのだから…



●2次元を3次元に引っ張りだす(空想を現実にする)
●想いを込めて形にする
●思いのこもった物とそうでないものの区別を付けられるようになる
●他者の思いを理解出来るようになる

文明社会で教育とは人創りであるならば
社会が共存生活を送ることが前提であるならば
個である人が人として文明人として生きて行くのにどれほど必要なことが
ここにはあるのだろうか?


私達はとても素晴らしい事をしているのです。
それを「楽しいから学べる」ならばこれ程素晴らしい事はそうはない
「好きこそものの上手なれ」
【誰でも好きでやっていることは一生懸命になるし、それに関して勉強したり工夫したりするので、
自然に上達するものである。】


同人イベント発生のコスプレならば
その精神さえ受け継げば
コスプレは恥じることではない
コスプレをすることに誇りを持って欲しい




「フロム・ビジョン・トゥ・リアリティ」
ビジョンをかかがればそれは現実となる
↑砂漠に都市を創ったドバイのスピリッツ精神だそうです。

規模の大きさは違えど
人の想いを空想を現実にする
そのスピリッツは同じなのです。
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「トワイライトの店長「風立ちぬ」を語る」について

2015/04/24 22:18
トワイライトの店長「風立ちぬ」を語る」について
アニメーションは「絵に命を吹き込む技法」であり、
風立ちぬで飛行機が壊れるシーンは「風に(自然に)無理に逆らうと崩壊する事を暗示してるように見えます。」
我々は想像し想像を現実とする。
想像が現実と変わる時、人は「夢が叶う」と言う…
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