なかなかうまく行かないものです(^_^;)

私も目標や理想は随分と遠くのものになってる気もするが

単純に喫茶トワイライトは
●多くのコスプレイヤーやカメラマンや
 同人作家の方々に出入りしてもらって
 楽しい来てよかったと思える空間にしたい

ただ、上記の事だけならバーでもなんでも良い訳です。
今の時間を、楽しいと思える気が許せる人達や仲間たちと集まって
ワイワイ騒いだり、皆で併せのお話や遊びに行く予定立てたり
合作のお話をしたりとかね

でも、ただそれを行うだけなら喫茶トワイライトだけでなく
そうしたお店は沢山あると思います。

普通のファーストフード店でも
そういう人達が多く出入りすれば自然とどこでもそうなるのです。

ならば、立たしもこうして店を構えることもなく
そうした皆が集まれる場所を探せば良いだけなのです。

私がお店を構えてやるのは
年配者達が言う私達の持つべき「当たり前の事」を伝えていくこと

過去ですが、私は野外イベントを開く際に
そうした事を伝えていくべきだと主張していました
ですが、当時は
●わざわざ言わなくてもみんな守ってるじゃないですか!
●小うるさい事を言うと参加者がウザがって参加人数が減ってしまう!
と言う反論に合いました。

>>わざわざ言わなくてもみんな守ってるじゃないですか!
 当時は多くの方は「私達の持つべきあたり前」を知っていましたし
 レイヤーはレイヤー同士声を掛け合い呼びかけ合ったりして
 いましたからね
 同人誌即売会と言う空間ではスタッフも含めて
 そうした「交流」と言うものがありました
 「新人レイヤーはどこから来るの?」
 それをテーマに考えた時、私は今の話ではなく
 「未来」のお話をしたのです。

 この私達の世界は競争化社会であり
 「競争」と言う名の下では己を磨くより他者の足を
 引っ張った方が楽なのですよね
 それが一つのレイヤー同士のけなし合いに発展しているのだと思います。
 
 同人活動もコスプレも
 それが自己表現の世界であるなら
 それぞれの思いの形は逸脱して法に触れるようなことでなければ
 それぞれの表現を認め合い歩み寄りの姿勢を持つべきなのですが
 私達の世界はその性質上、島になりやすくその島で出来た
 個々のグループでしか通用しない
 モラルやマナーを他者や外に求めようとしがちで
 何があたり前なのかが解らなくなって来ている

 
私達は表現の自由を守り貫いてきている立場の者です。
ただし、自由とは無秩序の事ではなりませんし
好き勝手に出来る事とも違います。
「自由の裏には責任がある」
「ファンとはその元になる作品と
同じ作品が好きな人達の事を大切に出来る人の事」
私がそう言い続けるのはその思いこそが共通のマナーに繋がり
自由な表現のファン活動を未来へ繋いで行く思想だと信じているからです。


>>小うるさい事を言うと参加者がウザがって参加人数が減ってしまう!
 個人的にルールとは皆が守れるものでないといけないと思っています。
 だから、ルールだマナーだと身構えるのではなく
 極力、自然と振舞っている中で行えること
 そうしたルール作り
 主にルールになる前のマナーですね

 知識は「強いられる教育」と違い
 学びたい、知りたいと言う人が本来持っている知識欲と言うものから
 自分自身が興味を持つものへの知識は自然と吸収したくなるものです。

 要は言い方なのですが
 これは、私も未だに上手く行ってないようです(^_^;)
 
 こちらが知って欲しい事に自然と興味を持って頂くように
 相手を観察しようとするのですが
 現代の方はある一定の距離感からなかなか近付くことが出来ません

 結局はこちらが面倒になって結局はルールだけドン!と
 押し付ける感じになりがちでもっと良い解決方法はないものかと
 模索中です。

 今の人達ともっと交流を持ちたいのですが
 最近はメールやTwitterやLINEなどでの交流が主流の中
 私は今のところ時代遅れの産物であるようです…OTL
 ですが、なんとか追いついてみようと努力している所存です。

私が行きたい所は
私一人の力では届かない場所にあります。

目先の
●多くのコスプレイヤーやカメラマンや
 同人作家の方々に出入りしてもらって
 楽しい来てよかったと思える空間にしたい
 
この空間創りでさえ私一人の力では届きません
そうした空間は一人一人が少しづつの知恵や力や行動力で
築きあげていくものだと思います。


アニメや漫画などのサブカルチャー的、施設は
最近は結構出て来ていますが
どれも両手を上げて成功と言えるものはまだ出て来ていないと思います。

私の見立てで決定的に欠けているものがあり
それは、与えられるだけの空間では
与えられるものが全ての人に行き渡った時に衰退するからです。

私達、同人のサブカルチャー文化が何故発展して未だにパワーを持ち
それが世界へ広がって行っているのか?

それは「営利を目的としないファン活動」と言うものが
私達には「金には変えられない大切な想いがある」と言う
根幹的なエネルギーとパワーを持ち
それは、通常の「利益追求」を行う企業には
「利益を目的としない」と言う部分が矛盾しており
理解し難いものになっているからだと思います。

エネルギーとパワーはある
これを、パワーやエネルギーが出せる人は存分に出せ
そしてそれを永続的に続けられるよう導けるようにしたいと考えています。

スタジオ利用1時間100円サービス年内終了のお知らせ

大変申し訳ないのですが

今年に入って、スタジオ利用お一人様1時間100円になり
半年以上なりますが
前の料金より低くなってから
利用者は増えはしましたが
月に1組が2組に増えた程度で効果はさほど得られませんでした

個人的には光熱費くらいが出ればと思っていましたが
現状のままでは維持も難しく
このサービスを続けて行く事が困難と判断しました

そこで来年からは
スタジオ利用料金はお一人様1時間200円にします。

この金額で利用者が増えるならば
小道具を増やす事やスタジオの内容を
もっと充実したものにする資金源になりうると考えています。

PCが破損した時にやっぱりギリギリの経営では
何かあった時に「閉店」の危機になる
と、言う事を学びました(~_~;)


利用料金が変わるだけで
他のサービスは今までと変わりません

スタジオ利用お一人様1時間100円サービスは
なんとか今年いっぱいまでは続けようと思います。
ですので1年間お一人様1時間100円のサービスを
期間的に行ったと思って頂ければ幸いです。

状況によっては
また、期間的にですがお一人様1時間100円のサービスを行う
事も考えています。

現状ご利用の皆様には
大変ご迷惑をお掛けしますが
喫茶トワイライト内のスタジオがより良い環境になる
布石だと思ってご理解いただけると幸いです。

今後も喫茶トワイライトをなにとぞよろしくお願いいたします。

約束の大切さ

まず、「約束は誰の為に守るのか」
それはズバリ
約束をした相手の為では無く「自分の為」だと言う事
今回はそんなお話しです。

学校の授業や塾では教えない人間社会の理のお話し

https://www.youtube.com/watch?v=r43tj--OZCw
金八先生も約束の事で語っています
3:30秒辺りの「約束」の辺りから

一応、文字でも要点だけ記載しますね

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●人と人が信頼し合って生きて行くという基本は、
 【約束を守る】と言う
 前提の上で成り立っています。
 だから、出来もしない約束をするのは詐欺であり罪悪です。

●出来る約束し出来ない約束はしないしてはいけない
 一旦約束をしたことはそれを守る
 あるいは守ろうと努力する
 それ故に【人は人として生きていけるのです】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こんな話があります。
この物語は
悪魔と人間のやり取りなのですが
例えば

画像

貴方の目の前にこのように
赤くて四角い物体があったとします。
貴方には「赤く」て「四角く」見えているかも知れませんが
私には「黄色くて」「丸い物」に見えてるかもしれません
私が「黄色」と言うと貴方には「赤色」と聞こえてるかもしれません
では、
『この目の前の物体が「赤くて四角い」と言う事をどう証明出来るか?』
と、言うお話し

これは例に挙げた物に限らず
「人それぞれ」という言葉があるように
「自分が見たり聞いたりした物が
他者にも全く同じように見えたり聞えたりしているとは
限らない」

と、言う事を示します。
自身の記憶でさえ
人には記憶を忘れると言う能力と記憶を改竄(かいざん)する
能力があります。

言ってしまえば
「この世界にはハッキリとした事の方が圧倒的に少ない」
そんな世界に私達は居ると言う事

この物語では
悪魔がこの世界にハッキリした物無いのであれば
貴方の魂があるかどうかも証明出来ない訳であり
そんなあるかないか解らないものなら
私が貰ってもいいじゃないか?
と、訪ねて来ます。

主人公の人間は
「我、思うが故に我在り」と答えます。
「私がそこに在ると思うからそれは存在する」

要するに「信じる心」であり
信じると言う事は盲目的に信じるのではなく
「知る事」によって信じられるようになると言う事

例えば蛇口を捻れば水が上から下へ落ちますね
これには重力の法則があり
突風とか無い限り1万回蛇口を捻っても
水は上から下へ落ちます。
それが重力の法則であり重力の約束

ですが、もしも、その1万回の内の1回でも
下から上に水が上がるのを目撃した場合
「下から上に水が上がるかも?」と人は疑い続けるでしょう

信用と信頼を得ると言う事は
そうした実績の積み重ねであり
ハッキリとしない人同士の世界で
ハッキリした物を作り出す為に
「約束」と言う物が存在し
そして、
●人と人が信頼し合って生きて行くという基本は、
 【約束を守る】と言う
 前提の上で成り立っています。
どうしても守れそうに無い時は
せめて前もって連絡をしましょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、約束を守らないとどうなるか?
別にそうそう死んだりする事はありません
時間がたってほとぼりが冷めた時にまた
その人やそのグループに戻って来る事も可能でしょうし
約束を守らなかった事を責める人もそう居ないかも知れません

ですが、「この人は約束を守らないかも知れない」
と、言う認識を周りにはされるでしょう。

約束を守らない人は信用されません
大事な仕事も回せません
ハッキリとしない世界で
靄がかかったような世界で生き続けなければなりません

「信用は失う時は一瞬ですが
それを取り戻すには大変な苦労が必要である」と言うのは
積み重ねて行くしかないからなのです。

誰も信用しない誰からも信用されないまま生きて行く
それもまた人の人生でしょう。
そう言う方は結婚したとしても家族でさえ信じないのでしょう

人の生き方も人それぞれですし
否定はしません
ただ、私は「悲しい生き方をしている人」と思ってしまいます。


金八先生は中学生相手に約束の大切さを
「15歳にもなって」と、解いています。

ですが、
ロケやスタジオシェアやイベントでの合わせに二十歳も過ぎて
そう言う事が解らない人が居ると言うのを耳にします。

私に近い年齢層でもそう言う事が解らない人も居ます。

大人がちゃんと子供に教えなきゃいけない事
なのに、それをちゃんと教える大人が居ない
大人でさえ解っていない
で、あればこれは約束を守らない人が悪いのでは無く
「環境が悪い」と私は思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
勘違いして欲しく無いのは
今回のお話しは「約束を守らない人を責めているのでは無い」
と、言う事
「約束の大切さ」を説いているのです。

人は成長する生き物です。
この文章が切っ掛けで変わる人も居るかもしれません

イベントでもそうですが
ルール違反をしている人に
「何故、そんなルールがあるのか」をちゃんと説明すれば
解ってくれる素直な人の方が私の経験則では圧倒的に多いです。

ならば今までそう言う事に出会えなかった事自体が
その人にとって「不幸」だったと私は思います。
故に時に私は厳しい言葉も投げかけます。

ルールやマナーの問題になった時、
「当たり前の事を当たり前に守れない人が増えた」
と言う方が居ますが
「当たり前の事をちゃんと教えたか?」と、私は思います。

金八先生は
そのシリーズを通して【教育とは人間を育てる事】と言うテーマで語られています。
教師とはミカンや機械を作っているのでは無く人間を作ってるんだ!と述べています。
まぁ私は教師に限ったことではないと思います。

要するにこの文明社会の中で
「人は生まれながらにして人ではなく
 学ぶ、教育、の中から人として育って行く」
と、私は解釈しています。

説教臭いお話しでしたが
今回のお話しが誰かの人生の何かの役に立てたのならば幸いです。

未来

個人的には喫茶トワイライトは
日本のサブカルチャー文化を
代表出来る場でありたいと思っています。

世界のどこに出しても
「日本から悪しき文化が流れて来た」と、思われないように
そうした意味ではテーマに沿った節度は順守して行くつもりです。

節度を守りつつより良き未来を作って行きたい
「サブカルチャーでサービスをする店では無く」
「サブカルチャー文化で学習出来る場」とでも言おうか…
まぁその時点で通常のサービス業とは違うのですよね(^_^;)

サービス業がサービスしないでどうする?
↑私は店長である前に1ファン人であると思っています。
「ファンとは好きな物や同じ物を好きな人を大切にする人」
そう言う前提を私は持っていますので
「好きな事をやりながら食べて行けるようになる」が
理想ですが、その未来を考えた時「好きな物を食潰す」
と、なるなら食べて行く為とは言え
私はファン人として自分が好きな物の未来を削る事は
私自身の手ではやりたくない
「それをやってしまえば私はファン人では無くなってしまう」
そう思うのです。


ただ、上記の
●「サブカルチャー文化で学習出来る場」は
私がよく言う
「一般社会こそオタク文化に学ぶ所がある」
と、言う部分に繋がります。

ここ最近思う事は
学校や塾では教えない
この人間社会、文明社会において
「人として生きる」その意味をちゃんと教えていない
教えるはずの大人でさえそれが解っていない
そんな環境に我々は居るのではないか?
そう感じています。

人を構成するのに大きな影響を与えるのは
私は「環境」だと考えています。

だから、その環境作りの一環に
喫茶トワイライトがなれたらと考えています。

そして喫茶トワイライトはその切っ掛けにしか過ぎず
そこからサブカルチャー文化に関わる人達から
広がって行けばと考えています。

アニメや漫画はその媒介にしか過ぎず
アニメや漫画に限った事では無く
単純にアニメや漫画を通して本来持っている
日本人の思想の素晴らしさ
そうした人が生きる上でプラスの部分を
これからの日本人も含み世界に広められたら
と、考えています。

https://www.youtube.com/watch?v=NnK1gTr0DVk
「マスコミが絶対報道しない麻生外相の名演説!
英国人が語る日本一美しい写真から分かる日本人の心」

政治家を出すと胡散臭くなるかもですが
政治家の中にも私と近い思想と理想を持っている方が居る
この演説を見てそう感じました。

お手伝いさん募集

喫茶トワイライトでのお手伝いさんを若干名募集します。

お手伝い内容
●月一のカラオケ大会を盛り上げてくれる方
●店内清掃
●週一の鍋パの準備&片付けのお手伝い
●同人&コスイベでの広報活動
●その他の喫茶トワイライトでのイベントお手伝い&企画立案

待遇
●鍋パの食事無料
●喫茶トワイライトのスタジオ使用無料(お手伝いさんは何時でも)
●お手伝い日の店内メニューの飲食無料(食べ放題、飲み放題)
●福岡ドームでの同人誌即売会サークル入場チケットお渡し

☆現状、週で4000円程度しか売上がありませんので
 給金が出るバイトの募集ではありません

☆毎日のお手伝いではありません
 希望日等応相談

☆月のお手伝い日の参加日数により
 待遇の内容が変わる場合があります。
 (応相談)
 「例えば月に1日お手伝いで
  毎日スタジオが無料で使用というのは難しいと言う事です。」

☆状況により送迎可
 (応相談)

喫茶トワイライトを盛り上げてくれる方の
ご連絡をお待ちしています。


fde000418284@psc.bbiq.jp
↑こちらまで

閣下の携帯のTEL番知ってる方は直接の連絡でも大丈夫ですよ(^^)

さて、革命を起こす前に
革命を起こすべきかどうか?
また、いったい何を革命するのか?

その事についてお話ししましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
前回の日記で
自由についてお話ししたと思います。

人類の大多数の方が
自由とは
「喉が渇いた時に水を飲みお腹が空いた時に食べ物を食べる
いっさいの他者からの束縛を受けずに自分の本能の命ずるままに行動する事」

と、思っているなら

「人は物事を理性的に考えその思考が決めた自分のルールや義務に従って生きる」
ことが、「文明人である人の自由」

と、考える人を増やしそれを大多数にすれば
それは『革命』では無いでしょうか?

前回の日記でも書きましたが
私が望むものは

「人よ!獣にあらず『人であれ!』
 機械であらず『人であれ!』」です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここで少し、私の知識と経験によるスキルの紹介をしますね。

随分前にですね
熊本のグランメッセでの同人イベントで
コスプレイヤーの人口爆発で
更衣室が大混雑になっていた訳です。

主催の方から
「更衣室をもっと大きくする方法は無いかのぅ」
と、相談を受けたのですが
「限られた空間を更に大きくする事は不可能」と答えましたw

ドラえもんや魔法使いではありませんしねw
ただし、限られた空間をより有効に使う方法ならあります。
例えばこの図
画像

これ、トイレだと思ってください
赤線が「便器」
黒丸が「人」
皆が「本能的に我先に」と動けば図のようになるでしょう。
画像

ですが、ここで入れる人数を少し外に出して
列の前に線を引きます。
こうする事により

画像

使用し終わった人はスムーズに退室出来るようになり

画像

次に入る人はちゃんと
順番通りに次に使用出来るようになります。

これは、中に入ってる人を少し出す事によって
室内の回転を効率よくしたものであり
過去に私もスタッフとしてかかわっていた
大宰府や香椎花園のコスプレイベントで
実際に使用した方法です。
香椎花園ではもう2~3手を加えましたけどねw

結果はかなりの効果があったので
何度も採用しています。

こうした
「並ぶ」と言う事の効果と結果を知識的に知り
参加する人(列に並ぶ人)もそう言う並ぶ知識を持てば
これは並ぶマナーになり結果的には
自分達にとって「利」になる事だと思います。

こうした事を知らない我が先にと本能で行動する方々は
「なんで、室内の空間が空いているのにギュウギュウに入れないんだ!!」
と、クレームを上げて来ます(^_^;)

実際、同人イベント以外の殆どの列は
画像

↑この並び方してますものw


私が「喫茶トワイライトが閣下の趣味の店でも構わない」
だが「そこに存在し続ける事が大事である」
そう考えるのは、こうした知識を永続的に
伝え続ける発信源であれば良い
と、考えるからです。

私が提案した並び方をしないとマナー違反か?
それは違います。
そうした知識ある人から見れば
マナー違反に見えるかもしれませんが
その知識が無い人にはマナー違反では無いのです。

だから、知識を配信する場が必要であり
標準や常識を作って行く事が大事だと思うのです。

「常識なんて人それぞれやろ~」
↑なんてものは「常識」ではありません (´д`、)アゥゥ

でも、私の提案した事が同人やコスプレだけでは無く
世の中に広がればそれは「革命」ではありませんか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私達の日常では数歩歩けば自動販売機があったりします。
なんで、壊して中身を取り出さない?
なんで、壊して中の金銭を頂かない?

そうする事により逮捕されるリスクを犯したくない?
そうする事により自動販売機がこの世から
無くなってしまうと困る?

ですが野外に自動販売機がある国なんて殆ど無いそうです。
よその国では設置をしたら数日で壊されるところが大半だそうです
なんせ、大きな貯金箱と大量のジュース等が
屋外においてあるのですから。
お金をもらって、ジュースを売って
さらにお金を作ろうとする人間が大量に出ると思います。
自動販売機自身を売ってもいいし、
バーツとして売っても好いわけです。

私達の場合、その「リスクと利のバランスが良く」
いわゆる環境が良いと言う事ですね

ですが、そのリスクと利のバランスが崩れれば
近い未来で
私達の周囲から自動販売機は無くなるかもしれません

なんせ、野外に自動販売機が無い国の方が
圧倒的に多いのですから


そんな世の中にしたいか
それとも
逆にちょっと歩けば
世界中に自動販売機がある世界にしたいのか?

私達にとって当たり前の事は世界でも稀にみる
成功しているケースなのです。

成功しているケースは前例となって
逆に世界に広める可能性にだってなっているのです。

ここで私が言いたいのは世界的視野から見れば
私達の国は少数派なのです。

正しい事を伝える
と、言うのは「皆がそうしているから正しい」では無く
数など問題では無い
と、言う事であり「信念と方法があれば拡散は可能である」
と、言う事です。

もしも、私達が
ちょっと歩けば世界中に自動販売機がある世界に出来たら
それは「革命」ではありませんか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
強烈なオタクや私は周囲に影響力があるそうです。
なんとなく自覚もしています。

だから、私に影響を受けたくない人は
私と距離を置いた方が良いでしょう。

ですが、私から学びたいと思う人や
私と理想を同じくする者は共に学び進みましょう。

もちろん、革命が起こせたとしても
それを実感できる事などまず無いと思います。
その未来が来た時には
私達が行わなくてもその未来は来たんじゃないか?
と思うかもしれません
ですが、何もしなければその未来は永久に来ないかもしれません

社会的には結果を出して何ぼかも知れませんが
個人の人生観においては私は大事なのは結果がどうなろうと
「その未来に向かって行動し前進しているか?」なのだと思います。

これで、お店の経済的にも上手く行ってれば
「閣下さんがやれるなら」で後追いの人も
出て来て加速するんでしょうけどね(^_^;)
そう、上手く行かないようですw
(九州の同人、コスイベは個人主催が多いのですが
そうした人達の成功例があるから加速したと言っても良い
と思います。他県ではほぼ、大手しかありませんからね)

ですが、何か(目標)に向かって進む事は
自分自身の人生を豊かにし生甲斐となるだけは言っておきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
望むのであれば
君と僕らで革命を起こそう!!

他の誰かと違うって所を圧倒的に証明しよう
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16279748
そして一緒に革命を起こそう
↑【 初音ミク 】 革命君 【 オリジナル曲 】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
画像

とある、街で通学路の狭い道を車が凄いスピードで走るので
「通学路!速度落せ!」と看板を出したけど効果が無く
父兄達が登校時間に出て来て声に出して注意を呼びかけても
効果が無かったそうです。
車に乗っている人も会社に遅刻しそうだとか
車に乗ってる人の都合もあると言う事です。


ですが、道路にこうした絵を描く事で
スピードを出す車が激減したそうです。
画像

車に乗っている人からするとこうした絵を描かれると
道が狭くなったように見えるし
突起物が出てるように見えるのですよねw
画像

絵は言葉や文字以上に効果を出す事があります。

香椎花園でのコスプレイベントにも
こうした効果を利用した事ありましたよ(^_^)v

他にもまだまだ沢山、私には引き出しはありますよ。
それが私のスキルです。
勝算無く理想論だけで「革命起こそう!」と言ってる
訳ではありません

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただ、私の望む革命を起こす為には
「人は物事を理性的に考えその思考が決めた自分のルールや義務に従って生きる」
ことが、「文明人である人の自由」
と言う人を増やさなければなりません

歴史を振り返ってみれば
古代ローマ時代から現代まで文明は発達しましたが
人は大して進化していません(←精神面的な意味で)
逆に劣化して来ていると言っても良いと思います。
(もちろん、なぜそう思うかと言う理由もありますが
長くなるのでこの話は別の機会に)

インターネットなどの普及により私達は世界中の人達と繋がり
文明は急速に発達を遂げています。
ですが、その進化に人の精神は付いて行けなくなって
来ていると感じています。

「人は満たされないとすさみ満たされると無気力無関心になる」
上記は私の自論ですが
真に恐ろしいのは無気力無関心であり
マザーテレサの言葉の愛の反対語は
憎しみでは無く無関心なのです。

私達は文明の発達により多くの人達と繋がれるようになり
世界でも2番目から3番目に裕福な生活をしています。

無関心は他者に興味が無くなる
他者が解らなくなる
それは孤立を呼び孤独を呼びます。


…心当たりはありませんか?
(現代人にコミュ症や引き籠りが増えて来たのは
そう言う背景があるのではないでしょうか?)

今ならまだ間に合う、
そうであった時代とそうで無かった時代の両方を直接見て来た
私達がまだ居る時代
ある物しか知らない世代の人達
それが入りまじっている今ならまだ間に合う
始めからこんな世界では無かったのだから

共に考え共に解決して共に進もう
そして一緒に革命を起こそう

私が孤独を感じる理由①自由論

真の自由とは
喉が渇いた時に水を飲み
お腹が空いた時に食べ物を食べる
いっさいの他者からの束縛を受けずに自分の本能の命ずるままに行動する事

…と、おもうやろ?

ですが
哲学者のカント氏の考える人間の真の自由とは
上記には当てはまらないそうです。
何故なら喉が渇くのもお腹が空くのも生き物が生きる上で
必要なことであり
それらや本能を満たすことで幸福感は得られても
本能や生き物としての自然の摂理の法則に従っているだけであり
生き物としての自由であっても知性を持つ人間の自由とはいえない
と言うことであり解りやすく言えば
机の上にあるボールが転がって地面に落ちたとしても
ボールは重力の法則に従って転がり落ちただけであり
それを誰もボールが自由であったと思わない
なにせボールには意志が無い

ならば、意志を持った生き物の人間の自由とはなにか?
と、言ったお話です。
動物と人間の大きな差は理性を持つか持たないかであり

「人は物事を理性的に考えその思考が決めた自分のルールや義務に従って生きる」
ことが、「文明人である人の自由」
と、哲学者のカント氏は考えたわけですね(^^)
例えば「お腹が空いたけど今はこれ以上太りたく無いから今は食べない」
とかですね

もしも、上記の自分の本能のままに従って生きる事を自由
と思っているのならば
そこには共通する法則がある故にそれを知ってる人に
簡単に操られてしまうってことです。

動物をコントロールする時、人は餌を利用します。
同じ事を人をコントロールする時にも当てはめる事が出来ると言う事です。

だけど、操られたりコントロールされるのが
一概に悪いという訳ではありません
今の時代、文明人であれば大抵の人は携帯電話等を持っているでしょう。
携帯電話とは個人情報の塊であり
優れた端末機になればなるほどその人の好みに合わせて
お勧めの店や商品や動画などなど進めて来てたりしませんか?

個人が持つ端末から観覧回数や利用回数が多い
電子マネーもそうですがその人の行動範囲等
そうした情報は集計されていたりします。
ようするにそうされている事自体が
コントロールしようとしてたり
誘導しようとしてたりするって事なんですよね

ちょっと怖い話かもしれませんが
実際に現実ではどうでしょう?

便利ではありませんか?

人は集団で生活する生き物であり
この社会の中でリスクを負わずに
責任を出来るだけ背負わず
生きる方法は誰かに思考を預ける事が
この社会で生きて行くうちでは楽なのですよねぇ


ただ、私がここで言いたいのは
こういう事を知っている人や社会は他者
を踊らせようとしています。
ですが踊ること自体は悪くない

ならば、その状況下の中、これらを把握した時、私達には
『踊るか?』『踊らないか?』の選択肢が生まれます。
(把握していないと選択肢事態が生まれません)

全てを把握した上で踊るなら『踊る』を選択して欲しい
ということです。
それは誰かの策略にハマって「踊らされてるのではなく」
ある人の策略にあえて乗っかって自分の意志で「踊っている」
のですから

そもそも、「策略=全て悪」ではありませんしね
ペットにしつけを仕込む時に飼い主の思惑通りに
しつけが上手く行ったからと言って愛情はあっても
悪でも悪意も通常はないでしょう

要するにコントロールしよう誘導しようとする側には
善意もあれば悪意もあり入りまじっている訳で
何にでも飛び付くのでは無く
皆がそっちをチョイスしたからと思考や
決定を他者に依存するのではなく
幾多の情報の中からそれらを参考にして
理性的に考えて選択しましょうって事です。

自分の意志で踊っているのですからもちろん
その行動のリスクと責任は全て自分に降りかかってきます。

逆に言えば
リスクも責任も背負わない行動の結果は
私にとっては全て「無価値」に等しく

例えるなら
チートで無敵状態になってゲームをクリアした事に
価値があるか?
誰がやっても結果は同じだし
下手をすればそこに人さえ必要としない
失敗というリスクを背負ってそれをかわしつつ
クリアした事に価値や意味はあるしクリア出来なくても
そこに挑戦したこと自体にも価値が生まれることもあります。

自分が死ぬ寸前になった時
全ての責任とリスクと思考を他者にあずけて生きて来て
「俺の人生はこれで良かった…」と思って逝けますか?

私は逝けません
私の人生の喜びも悲しみもリスクも責任も幸せも苦しみも
すべて誰のものでも無く私のものなのですから
これら全てが私と言う個がここに生きている証なのです。

たまに、リスクや責任は他人に押し付け手柄だけは
自分の物にしたがる人が居ますが
実力が伴っていない事は
見る人が見ればすぐにボロが出るし
身の丈に合わない手柄の報告を他者にすれば
いずれ自分の身を滅ぼす事になります。

虎は黙っていても虎であり「俺は虎だ!」
と、口に出して言うは大抵猫なのですよねw

私は個性を尊重しています。
だからその選択が
その人の個人の理性によって導き出された選択であり
答えであるなら
出来るだけ尊重したいと思います。

私が相談などで2択の選択を悩んでいる人の答えを
私がアドバイスをしても選んであげないのは
当人の意思を尊重する為であります。
ただし、選択の参考に成る為の情報提供はします
が、誘導はしません

知識と言う絵の具が揃ったなら
人は目の前の人生と言うキャンパスにどんな絵を描くのか?
私はそれを見てみたい

どんなに優れた絵であっても
同じ絵は何度も見れば飽きてしまいます。

下手でもなんでも構わない
そこに導き出した自分自身の絵が描き進んで行くならば
振り返ってその絵を見た時に
それが個性的な絵であるならばそれが自分を構成する
自分自身であり

きっと人生を豊かにするものだと私は思っています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今回の自由のお話しは
哲学者のカント氏の考える自由論が
私の考える自由と近い物であったので
私はそれに賛同しているだけであり

これこそが「絶対的な真の自由だ!」とは言いません
言い換えれば私にとって「都合の良い自由」なのかもしれません
自由の話をすれば宗教とか絡んで来たりもしますしねw
ぶっちゃけ宗教とかそんな事は私にとってどうでもいいですw

ただ、私が人類に望むのは

「人よ!獣にあらず『人であれ!』
 機械であらず『人であれ!』」

と言う事


私が孤独を感じる理由
それは、ここまで書いた上記に当てはまる人と思える人が
私の周りには今はあまりいないと言う事…

そして、そうした思考を持ちつつ同じ趣味を持つ者も
ほぼ、居ないと言う事…

本当は同じ作品を見て意見を交換しつつ己を磨き合いたい

同人イベントはそうした仲間を探せる場所だと信じて
ずっと参加して来た訳ですしね

ただ、人は進化するし成長もします。
そうした同士を見つける事やそうした同士に成長してくれる
可能性が私の知る限り一番高い場所だと思っています。

そもそも、人としての誇りやプライドは
殆どの人は持っているのですから

何故ならば人としてのプライドが無いなら
(実際にこんなことは言いませんしやりませんが)
食事をその辺の床にばらまいて四つん這いになって
道具も使わずに食べろ!見ててやるから
と、言われてやる人は文明人であるならまず居ないでしょう
そうされたら屈辱を感じる人が殆どじゃないかな?

私はその屈辱を感じる心こそプライドがある証拠だと思います。

まぁ逆に余程の理由や理屈も無しに
「僕にはプライドなんてありませーん」
でやってのける人がいたら
もう、私はその人の事を人として扱いませんけどね(^_^;)
自ら人である事を放棄したのですから

この地球上で人ほど恐ろしい生き物は私が知る限りいません
その為に私達は「人権」と言う物で守られている訳ですが
人の世界で文明社会で人である権利を放棄した時
人が人以外の他の生き物に何をしてきたか
垣間見る事になるかも知れません

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私はよく「変わった人だ」と言われます。
たぶん、それは私の思考の法則が
『本能や生き物としての自然の摂理の法則に従っていない』からだと思います。

私はどちらかと言うと
『物事を理性的に考えその思考が決めた自分のルールや義務に従って生きる』
こちら側の法則に従っています。
どちらにしても法則はありますので
私と言う人間を知れば私が次に何を選択するか
もちろん先読み出来るでしょうし誘導も出来ると思います。
ただし、「私と言う人間を知れば」です。
今の所、近隣に理解者と呼べる人は居ないので
そう言う事は起こりそうにもありませんけどねw(^_^;)

理解者が居ない=孤独なのです(^_^;)

過去に、この事を物語にした事があったなぁ
http://www.asahi-net.or.jp/~xj3t-iwng/atorie/ryu/syou.html
↑「竜になりたかった少年」

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さて、次回はこの「自由論」の活用法を
私達、同人の世界に当てはめてお話ししようと思います。

私にとって都合の良い自由かも知れませんが
それがより多くの人にとっての都合の良い自由であれば
良いのではないかとも思います。

マナー改善のお話しにも繋がる予定です。

コスプレのファッション化について」

コスプレのファッション化について

このことについて
数年前から「コスプレをファンション化するべき」と唱え続けている人も居るようですし
コスプレがファッション化するべきかどうかで語ってみたいと思います。


切っ掛けはこちらのニュースからですが
http://www.cosp.jp/news.aspx?id=113
この記事内で
筆記者も
「自身も”隠れオタク”である筆者の個人的な意見だが、
 コスプレが偏見を逃れて文化的な市民権を得るには
 ファッションとしてのポジションを得ることが必要だと感じている。
 日本のギャル文化のように、コスプレが海外で「COOL」と評価され
 制御できないほど世の中のムーブメントを引き起こせば、
 コスプレ業界の可能性も広がるだろう」

と、記載している部分に少々危機感を感じたので語りたいと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まず、
記事に記載されているように
「ファッションとしてのポジションを得る事が出来た」と仮定して
そんな未来が来たとします。

想像してみてくださいどんな世界になっていると思いますか?


前例的な一例として
記事にも記載されていますが「ギャル文化」
ガングロとかアムラーとか色々流行りましたね

では、ここで問題です。


それらの流行したギャルファッションは【市民権を得ましたか?】




「今時の若いものが奇抜な格好をしていてそれが流行っているらしい…」
この程度のものでは無かったでしょうか?

流行とは流れるものです
古くは歌舞伎者とか若きもののリビドーや世間や世の中や社会への反発
ヤンキーファッションもそれらの表れであり
表現方法が時代とともに変わっただけで
何時の時代にも若者にはそうした時期があり
今後の未来においても何かしらの表現をし続けるのでしょう



個人的に思うのは
「コスプレをファッション化したい」と、考える方は
ファッション化する事で市民権を得ることが出来て
市民権を得た事で自分を否定して来た人達に
自分を自分達を認めさせる事が出来る

こう考えているのではないでしょうか?

で、あるならば私の答えは「NO!」です。

上記にも書いたように
「今時の若いものが奇抜な格好をしていてそれが流行っているらしい…」
で、ありそれにかかわらない多くの者は
かかわりたがらないし市民権を得る事も出来ないし
否定する人は否定するし
否定していた人の殆どが残念ながら認めることはないでしょう。

物事は
「何が」>「どうして」>「こうなった」で未来に繋がっていきます。


それでも、尚、記事のように
「制御できないほど世界的に世の中のムーブメントを引き起こった」と仮定します。

どうなると思います?

私が想像するに
その注目度が利用され
アニメや漫画のキャラクターに扮した人達が
客寄せ等にCM等にバンバン使われるようになるでしょう。
作品の内容もキャラクターの性格もちゃんと理解してる人がやるとは限りません
やる人の目的は「客引きと注目」が成せれば良いのですから

制御できない程の流行なのでもう「著作」で止めることも出来ないでしょう
そうなれば、合法的に2次創作物3次創作物が無料で乱用できる時代になると言う事です。
もう、どこぞの国のパクリ問題とかにも何も言えなくなるし
日本で作られた作品が国内でも海外でも大流行してるのに
それらを作った人達になんの利益も入らない

そうなると言うことです。

企業にとって
キャラクターと言うのは商品です。
お菓子一つにしてもそのキャラクターがプリントされているだけで価値が上がり
それ故に色々なコラボもあり
企業はそうした価値のあるキャラクター作りに
時間とお金をかけている訳です。


ならば、企業はどう動くか?

自分が企業側ならどうします?

自分が企業側になったつもりで想像してみてください

自分が多額の金と時間を掛けて創りだした価値あるキャラクターを
無料で乱用しようとしてる人達や
それを利用して金儲けをしようとしてる人達を前にして
それが制御出来ない位のブームが来ようとしたならば
どうします?


私なら、そんなブームが来る前に
例えファン活動であっても一切の2次創作3次創作を禁止にしますね
(非営利なのか営利なのか見分けがつかなくラインが引けない上で
そのようなブームが目の前に来そうであればそうします)

私達同人の世界は
「利益を求めないファン活動」であり
それ故に企業は「ファンのやることだから」と
著作違反をしながらもそれを承知で
著作法が申告制である為に申告をせずに
目を瞑ってくれている状態にあると言うことを忘れてはいけません


私達、同人活動に携わる人達は
ファン人であり
ファン人とは自分の好きな作品と
それを作ってくれた人達と
同じ作品を好きな人達を大切にする人達の事です。

1次創作物に刺激を受けそれらをヒントに2次創作3次創作を
行いつつ1次創作物の可能性を追求する者であり

それらの経験を
プロになる人はプロになった時に
オリジナルで作り出しそこで始めて利益を得るのです。

「学ぶ」という言葉には「真似をする」と言う意味が含まれています。
我々は真似をし模倣し試行錯誤して学ぶ場を手に入れているのです。
そこでは本来ならば孤独な道を共に進む者も居るし
支え合う仲間だって居たりします。

学んだ先にあるものは
学んだ経験を活かし自分なりのもの(オリジナル)を作り出す。
それが学ぶから「極める」と言う道筋です。


その自分の創りだしたオリジナル作品が世間で認められれば
始めて自分が認められるでしょう
否定したいた人達も認めるようになるでしょう。


ただし、これは僅かな人達への可能性


では、もっと多くの同胞諸君が認められるにはどうすれば良いか?

画像


こちらは
私のお店のコスプレ専用のスタジオでそのスタジオ利用者のコスプレイヤーさんが自主的に
スタジオを利用後に清掃してくれている姿です。

もちろん、スタジオ利用で使用後には清掃をお願いします。
とか記載していませんし言っていません。
これはレイヤーさんが自主的に清掃してくれている姿です。

この写真の人達が特別と言う訳ではなく
当店でのスタジオ利用してくれる大半のレイヤーさんはそうしてくれます。

これにかぎらず
私が携わった同人イベントやコスプレイベントでは
イベントが終了した後に拍手が起こり
参加してくれた人達が残って機材の片付けや清掃等を手伝ってくれていました。

使ってくれたことに感謝
使わせて貰った事に感謝

祭りは皆で作る物
それはコミケットで言う「全員参加者」の精神から来るものであると思いますし
上記に記した「ファン人の精神」に基づくものだと思います。

私は彼らや彼女達の事をどのような奇抜な容姿をしようと
誇りに思います。

同胞を誇りに思えるなら
やましい事は何もありません

隠れオタクなどする必要もなく
私の眼からは彼等や彼女たちこそ常識人以上に常識人であり

地味ではありますが
こうした姿を世間の人に認識してもらう活動こそが
「異端さ」や「偏見」を取り除き
否定していた人達に認めてもらえる活動だと思います。



コスプレが同人誌即売会からの発症であるなら
それは作品やキャラクターが好きって気持ちの具現化であり
想いを形にする世界

誰かの思いは似合わないとか性別が逆とか絵が下手であるとか
そんなものでは否定されないもの

コスプレが多くの人の心を動かし掴んだのならば
それは、そこに人の想いがあったからであり
人は誰かの想いが心に届いた時に初めて本当に感動したり
行動する時のエネルギーになったりするのですから…

「世間こそ社会こそが同人活動に学ぶ事がある」


私はそう思います。

結論から言えば
コスプレのファッション化の社会が来たとしても

「コスプレが世間に文化的な市民権を得る事は無い」

と言う事

結局、私達は世間からは
「今時の若いものが奇抜な格好をしていてそれが流行っているらしい…」
程度にしか思われることしか無く
著作方面で立場が危うくなるか何かしらの規制が入り硬苦しくなるだけ
と、予測します。


もしも、コスプレのファッション化の文化が到来した時
こんな時代が来て喜ぶのは誰か?

一時凌ぎで流行に乗って小銭を稼ぎたい
そんな人達では無いでしょうか?
その昔、ダビング屋と言うのが流行しましたが
多くの人は「こんなものが流行しても長続きするはずがない」
と、思っていたと思います。

ゲームの中古ショップも今では大手しか生き残っていないような状況
個人経営店は殆ど見なくなりましたね
近代で言えばメイド喫茶もそれにあたるかもですね(^_^;)

でも、やる人達の多くは長くやるつもりは無く
その流行に乗って一時的に稼げればいいのです。
要はかけた費用よりプラスになって去って行けばいいのですから
後の事はどうなろうと知ったことじゃありません

だから、こう言う人達はブームを作ろうとする

長く同人やコスプレの世界に残るつもりなら
こうした流行に乗る必要はないし加担することもないです。


もちろん私だって
「異端さ」や「偏見」を超えて
世間の人達に私達のやっている活動を認めてもらいたい
そう思っていますしその思いは藁にも縋りたい気持ちです。

ですが、その方法は「コスプレをファッション化」させる事では無く
コスプレの華やかさだけを全面に押した「メジャー化」でも無く

同人イベントから発症したコスプレとはどんなものなのか?
それは、社会や人類に有益なものであると言う事を示し正しく伝えること

「1円の金にならない事だったとしても
それ以上に大切な物がある」

それらを伝えることではないでしょうか?

最近のコスプレ事情ではマナー低下が挙げられますが
マナー低下はコスプレ内の問題だけではなく
私は社会的なモラルやマナー低下が
コスプレ内にも出て来ているだけと見ています。

モラルやマナーの向上が同人やコスプレ内の中から起こり
それが社会に広がるのなら

それは1円のお金にならないことだったとしても
お金で買うことは出来ない

お金には変えられないとても価値あるものだと私は思います。

"ギレルモ・デル・トロ" が語る日本

"ギレルモ・デル・トロ" が語る日本

https://www.youtube.com/watch?v=pV_7n_859Bk&feature=share

私の友人がアニメーターで当時、セル画1枚描いて50円だったといいます。
日本の平均日当を7000円とするなら毎日140枚は書かないといけない訳で
それが20年以上のキャリアがあっても変わること無く厳しい状況、

ギレルモさんはだいたい私と同じ所を見ていて鋭い意見を語ってますね

普通に考えて時給700円貰ってバイトしていた方が遙かに楽な訳で
この業界に飛び込むと言うことはそれだけ過酷な世界に行くということであり
今のアニメ界を支えてる人達の「情熱」だけでもっているような状況にあるということ

このような状況が長続きするはずも無く
衰退の時期に突入していると言う現実を知り
この素晴らしい文化が無くならないようにファンとして支えていきたいと思っています。

ギレルモさんも語ってるように素晴らしクリエイターとその卵が沢山存在する日本ですし
やはり世界でこの文化の最先端でけん引ししていける立場にあって欲しいと切に思います。

GWは

喫茶トワイライトは現在通常、月火水はお休みですが
月火水でも祝日ならばオープンしています。
つまりGWは4/29~5/11までフルオープンしていますので(^^)
よろしくお願いしますね。スタジオの予約もお待ちしております♪

閣下からのお年玉

なんとか皆様のおかげで年を超すことが出来ました


そこで感謝の気持を込めて
【閣下からのお年玉】

1月いっぱい
●本日から1/31までスタジオの利用を無料開放します☆●

もちろん
今までどおり古賀駅までの送迎サービスもいたしますし
スタジオ利用者の500円ドリンクサービスも
今までどおり行います\(^o^)/

月。火、水はバイトの為お休みなのでご了承下さい
あと、1/19日はドーム参加のためお休みします。

1/13は月曜日ですが祝日なのでご利用できます。

予約も受け付けますし
予約が入ってなければ飛び込みでも利用できます。
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本年度もよろしくお願い致しますね(^^)

本当に好きならば…

人の世は住み難い
人の世は住み難い
人の世は住み難いので
私は人の世で無い場所に旅に出た
長い旅の末、ようやく私は人の世では無い場所へ辿り着く
しかし、その場所は人である私にはもっと住み難かった
だから帰って来よう
だって私は人なのだから…

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」


兎にも角にも人の世は住み難い
しかしながら
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない

ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、
越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

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さて、私は「本当に好きならば…」と言う言葉は結構使います。
好きの度合いは人それぞれ
それは計れるものでないほっといてくれ!
と言う方もいますが
私も私の言葉を理解したり共感出来たりする方に発していますので
こちらこそ
ほっといてください(^_^;)
私が何を言おうとその言葉に「強制力」など無いのですからw

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私が基本的に何と戦っているか?と言うと
私達の世界へのアンチ派の人達とです。

個人だったり組織だったり団体だったりもします。

漫画やアニメやゲームは
【人を堕落させ悪い影響を与える毒】であると
認識している人達です。

こうした考えの人達も人数が増えれば「力」を持ちます。
大多数で反対運動を起こしたりすれば
大人数の総意であると判断され
それがルールとなり得たりします。

漫画やアニメやゲームは
衣食住の部分では無く娯楽の部類になります。
人が生きる内で必須の部分で無い分野でありますし
(必須であってもそれを理解しない人に
証明するのは難しい部分)

過去にあった「青少年育成条例案」とかそうですね
名を変えたりしながら
チャンスを伺っていたりと言った感じです。

映画や小説などには幾多のノーベル賞が存在しますが
漫画やアニメやゲームにはまだ存在しません

文化的に娯楽の範疇であり芸術の域までは認められていない
と、言うのもあります。
そうした部分も保護していく上で難しい部分でもあります。


中には
「経済にこれだけ影響を与えているから無くなるはずが無い」
と、言われる方もいますが

経済に影響を与えていようと
多くの人が「悪である」「毒である」と判断すれば
排除される可能性は大いにあると言う事です。

前に上げた事がある例ですが
もしも、麻薬などの毒の販売で日本が経済を動かしていたとしたら
反対運動起こしませんか?

と、言う事です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここで問題になるのは
麻薬は明らかに毒ですが
漫画やアニメやゲームが毒であるかどうか?
と、言う部分です。

「青少年育成条例案」が上がった時に
賛成派の人は
●漫画好きには何かしらの知的障害がある
●規制に反対するやつらはもはや障害者
↑こう言ったのです。

では、そうでは無いと照明したいのですが
仲間内から
●「コスプレイヤーは常識が無い」
と言う声が多く出れば
これだからアニメや漫画好きは…
ましてや衣装まで着たりする人は…となります。


例えば
日々の辛い生活に漫画やアニメやゲームで癒されて
エネルギー充填したから
明日も現実世界を頑張れる!
なら良いでしょう。

ですが、二次元や妄想の世界から帰って来たくない
戻って来なくなる

こうなれば毒です。


銀の匙であった台詞ですが
「夢を持つということは現実と戦う覚悟を持つということ」
この台詞には共感します。

夢を持つと言う事は
嫌な現実から逃避する事ではありません

夢とは夢物語だから夢と言う事では無いと言う事です。

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最近思った事なのですが
どうも、私は
子供は好きだけどとっつあん坊やは嫌いみたいです。(^_^;)
この場合の「とっつあん坊や」は容姿が幼く見える人の事では無く
実年齢は成人しているのに精神が大人になりきれていない人の事であり
まぁ程度問題はありますが
下記の通りです。

私的に大人になると言う事は
●責任を取る事
言葉や行動など

言いっぱなしやりっ放しで無責任
立場が悪くなればやりたいことやって
散らかしっぱなやりっぱなしで逃げて行く
こんな行動を取る人を
私は実年齢が高くても大人とは認めません
ネット環境ではよく觀られる傾向になって来ているのを感じます。


アンチ派の人達が突いて来る部分ですが
漫画やアニメなど良い歳してハマっている人は
現実と空想の区別が付かなくなって
何かの切っ掛けがあれば何らかの犯罪を犯しかねない
「犯罪者予備軍」と警戒しているようです。


その行動が次にどんな結果を招くのか?
そうした事をちゃんと考えない想像しない行動
(最近はツィッター方面で「バイトなう」とか
騒がれたりしてますね)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
たまに私は似た人を差別するとか言われる事があります。

私から言わせれば
アニメや漫画やゲーム好きならみんな仲間と思ってはいません

宮崎事件の宮崎勤やサカキバラ事件や秋葉原通り魔事件
の犯人達がアニメや漫画やゲーム好きだから仲間か?

と、言う事です。

漫画やアニメやゲーム好きと言うだけで
全てを仲間にしたらそれこそ
犯罪者予備軍のレッテルを張られれば反論のしようがありません

上記の人達は犯罪者ですが
その思考による共通する部分が問われる訳で
事件を起こしたか起こさなかったかの違いであり
そうした要素を人間誰しもでは無くオタクが
持っているのかどうか?
が、不安材料として見られていると言う事であり

私は「否」と唱えるからこそ
差別では無く区分するのです。

アニメや漫画やゲームが好きであっても
私も好きだからこそ
それらを自覚していようとして無かろうと
漫画やアニメやゲームを悪用や言い訳にしてるならば
「本当に好きならば」
と、注意をする事も呼びかける事もあります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最近よく話す事なのですが
アニメも漫画もゲームも言わば道具であり
大事なのは「人がどう使うか?」で
「善にも悪にもなる」と言う事です。

それは二次創作の私達の世界では
とても、曖昧で危うい世界にあるからこそ
しっかりとした意識を持たねばなりません
私達の世界が暴走したら…
どうなるのか想像してみてください…

それにより失われる事があれば
それは人類にとって大きな損失となると思っています。

これからも小うるさい事は言い続けますが
そうして訴え継承して行く事が
今の私に出来る事だと思っています。

私的には殻を破って早く次のステップに早く進みたいw
世界はこの文化の発生である日本を見ています。
日本こそがそのリーダーシップをとって
善にも悪にもなるならば
良き方向へ導く存在へなるべきだと思っています。

近況報告

バイトを始めて
6月末~7月上旬にかけてスタジオ利用もして頂け
整体の客もそこそこ入り
月1の谷さんのカラオケ大会や
だんさんによる応援や
周一の鍋パにより
売り上げも上向きになって来ています。

それまでの間に
冷蔵庫が壊れたり
水道工事しなきゃだったり
エアコンが壊れたり
と、予定外の出費もありましたが
なんとか乗り越える事が出来ました。

この調子で行けば
8月には借金は返済出来そうで
ようやく黒字になって行けそうです。

予算に余裕が出来れば
目先では炊飯器の新調
PS3の導入
スタジオでの新しい
ライトスタンドの購入を考えています。
あ、床の張り替えもしなきゃ…OTL

8月末には
夏祭りのコスプレでのお手伝いの件もありますし
前々から企画していた
喫茶トワイライト主催で
同人イベントやコスプレイベントも
開催して行けるようになりたいと思っています。

正確には主催と言うより
スポンサーである事が望ましいと思っています。

喫茶トワイライトとしては
コミケットの理念を軸に
コスプレとは何か?
同人イベントとは何か?を
より多くの人に正しく理解して頂けるように
活動を続けて行きたいと思っています。

コスプレイベントが確立し
野外とか一般の方々の目に触れられるようになって
私達のアングラーな活動が
ネット上やTV等も含めて
表に出てしまった以上
より多くの方々に理解して頂ける活動をしなければ

いつまでも肩身の狭い思いをしないといけませんし
アンチ派の方々
(いわゆるアニメや漫画やゲームは
社会悪と言う思想の方々、それとそれらに関する
同人活動やファン活動を悪である毒であると認識している人達)の反対運動や撲滅運動に対抗出来なくなります。

現状では福岡の最大の室内コスプレオンリーイベント等で
防犯ブザーが任意ですが用意されていたりします。
限られた空間の中で防犯ブザーが必要なイベント等
私の見解では異常な事だと思います。

私の目から見える
異常な事、理不尽な事
それらを正し足場を固めて誤解があるなら誤解も解きつつ
私達の世界の社会的イメージを変えて行き
多くの方がより快適にファン活動が出来るように変えて行きたい
そう思っています。

支えてくれる方々
応援してくれている方々
本当にありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします。

喫茶トワイライトの現状報告

喫茶トワイライトの売り上げ低下に伴い
お店を維持する為に副業としてバイトを始めました。

これに伴い、規模縮小と言う事で
「月火水」定休日「木金土日」営業日になります。
「バイト帰りにメールはチェックしていますので
スタジオの予約は定休日でも受け付けています。」

お店の営業時間外で仕事をする事も考えましたが
何分、お店の全てを一人でやっていますので
「体調を崩さない事」を第一に考えこの形に至りました。

傾向として週初めの「月火水」と「金日」は
お客さん0の日も多かったのも理由の一つです。


喫茶トワイライトは商売を第一に考えた店ではありません
もちろん、お店を構える限り商売はお店の維持を行う為には必須ですが
生き残る為に趣旨を見失えば
何の為に店を構えたのかさえ見失ってしまいます。
それではやる意味も失ってしまう。

日本のアニメや漫画やゲームの業界は
制作側とファンとで支え合ってここまで発展して来たと
思っています。


ですが、現在は食いつぶしの時代になって来ています。
業界はサービスを提供し消費者はそれを食潰す。
こうした形です。

娯楽を提供する側と消費する側であれば
それは一つの当然の在り方なのですが

それが人類にとって為になる物か?否か?
の視点で見れば否と考える人が増えれば
自然と淘汰されて行くと言う事になります。

過去に比べ現在ではその業界(同人やコスプレ)の世界に
依存しながらも【これは人類にとって必要な物だ!】と
否定派の人達にちゃんと言える人はどれ程いるのでしょう?

逆に後ろめたさを持って携わってる人の方が多いと感じます。

後ろめたさを感じると言うのは
どこかしらで「よく無い事をしてる」と
思ってる所があるからでは無いでしょうか?


たまに、閣下さんみたいに考える人は純粋に楽しんでいない
と言われる方がいますが
私は持つべき知識を持った上で楽しまないと
逆に純粋に楽しめないと思っています。

例えば
サメがいっぱいいる海で遊ぶ時に

サメが居るなんて考えないで遊んだ方が純粋に楽しめる
と言うのか

サメが居るからサメ避けネットで囲ってサメが入らないようにし
安心して純粋に楽しむ

この違いだと思います。


話をトワイライトに戻しまして
私的には残念な事ですが

喫茶トワイライトは現代では
「毎日オープン出来る店では無かった」と考え方を改め
元から「週末しかオープンしない店で始めた」と思うようにしました。

毎日、オープンする事が求められるようになれば
また、自然とそうなって行くでしょう(^_^)

たぶん、こうなったと言う事は
それが自然な姿であり
今はまだ多くの方にはそれほど必要とされてはいない
そう言う事なのだと思います。

新しい事をやろうとしたり
付いたイメージを変えたり
そしてそれが浸透して行くのには時間がかかります。

「継続は力なり」
今はこの言葉と自分の理念や信念を信じて
お店を継続して行く所存です(^^)


あと、ある程度、副業も兼ねて金銭的に余裕が出来たら
喫茶トワイライトの新体制をいくつか考案しています。

その時が来たらまたブログなりなんなりで
公表しますのでよろしくお願いいたしますね☆

はい、木曜日のゲームの日にやってるゲームの紹介です☆

今回は「キャット&チョコレート」シリーズの学園編
の紹介です\(^o^)/
画像

ルールはとっても簡単ですよ(^_^)v

画像

まず、プレイヤーは「アイテムカード」3枚
持ちます。

画像

色んな種類のアイテムカードがあります\(^o^)/

画像

次に自分の手番が来たら
山札から「トラブルカード」を1枚めくります☆

めくった時にめくったトラブルの内容を
まだ山札にある一番上の枚数でアイテムカードを使用して
解決する
と言うものです\(^o^)/

この写真の場合
「先生に当てられた。なのに答えが解らない!」
と言うトラブルを手札の2枚を使って解決する
と言う事になります。

解決方法は例えるならモノボケのように
使用するアイテムで口八丁手八丁で皆を納得させればOK

そう、成功したかしなかったかのジャッジは
手番じゃ無い人達で行います。

(ぶっちゃけ問題は解決しなくても皆が笑えばOKだったりしますw)
画像

使用アイテムカードの枚数はランダムで1~3枚までです。

画像

トラブルも学園あるあるトラブルですねww

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この「キャット&チョコレート」シリーズは
他にも「ビジネス編」と「ホラー編」があります。
カードの裏面は同じなので
成れて来ればトラブルカードやアイテムカードを
混ぜたり入れ替えたりして遊ぶ事も可能ですよ\(^o^)/

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この手のゲームを勧めるのは
前に書いた
「天才とアニメ&漫画や同人とコスプレの価値」
http://25151398.at.webry.info/201304/article_2.html
に記載している
私の考える天才の
「発症力を鍛える」と言うのに繋がると考えています(^_^)

楽しく面白く鍛えられるならなお良しって事ですねw\(^o^)/

波打ち際のむろみさんを語ります(*´ω`*)

作品を語る時、
ネタバレとか語る人の先入観とかの問題があります。
作品が表現の世界であれば
【見た人が見たように感じれば良い!】
それが大前提としてありますが

私は「観方」は語っても良いと思っています。

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食事で例えれば
「食べ方」

更に例え話をすれば
私の母はカップ焼きそばを食べようとしました
しかしながら母脳は
【カップ麺=全てお湯を注いで3分待てば食える!】でありました(;´∀`)
そう!お湯を切らないのです!
蓋を開けてカヤクとソースを全部入れてお湯を注いで3分待ち
ラーメンのようにズルズルと食べるのです。

そして母のカップ焼きそばの評価は
【不味い!2度と食うか!】でした…OTL 説明書を読め…

こんな評価されては
ヤキソバが可哀想だ…(´・ω・`)
頑張ってカップ焼きそば開発した人も可哀想だ…(´・ω・`)もきゅ~

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、前の日記で

●「真に価値あるものに正当な評価が出来なければ損をする」

「ワインには格式を飲む」と言うのがある
と、言う話をしたと思いますが

この作品はこう言う見方でも楽しめますよってお話\(^o^)/

https://www.youtube.com/watch?v=iN_yQOACnJI
よろしければまずこの動画を見て頂きたい
こちらの出崎さんですが
宮崎駿がアニメ界の神であるように
この方も神であります。
(私が最も尊敬し影響を受けた方でもあります)
この方の演出で日本のアニメーションの質は凄く向上しましたし
出崎さんの演出は出崎演出と名が付くほど
多くの同業者の方々にも影響を与えましたし
今でも与えています☆

アニメーションというものが
アニモと言うラテン語を語源として
命や霊魂という意味を持ち
無機質であり空想であり絵である
そうしたものに命を吹き込むものであれば

絵であってもフィクションであっても
そこに「命」があり
その架空の人物は自分で考え行動し発言している

そして生きている私達の脳に心に魂に語りかけて来ている

そうした事を理解して作品を作り提供してくれた方でした

誠に残念なことにお亡くなりになられましたが

最近放送が始まった
「波打ち際のむろみさん」
画像

亡くなった出崎演出がふんだんに盛り込まれていますw
止め絵だけでなく
どう行った所が出崎演出なのか?と言うのを探して見てみるのも
なかなか面白いです(*´ω`*)

理解出来ればただの演出パロディでは無く
作ってる方々が出崎さんの作品の事が好きで
使用しているのかがよく伺えます。
そう思えれば

出崎さんは亡くなってなんかいない!
その意志を継ぐ人達がいる限り
作品の中に出崎さんの魂は生き続けるんだ!
そう思えば目頭が熱くなります。


「波打ち際のむろみさん」は私の評価は

何も考え無いで見れる作品をものすごくよく考えて作ってる作品

だけど、作ってる人と見てる人で
近年稀に見る
ちゃんとキャッチボール出来る作品になってると思います\(^o^)/

素晴らしい作品をありがとう!(ノ△<。)

誤解なきよう

私が前回の日記で書いた
「忘れないで欲しい…」と言うのは
「トワイライト」の事でも「私自身」の事でもありません

「思想」の事です。
もしも、私と同じ思いを何時かした時
今現在、同じ思いや不安を持っている
そういう方がいたならば、そういう時が来たならば
その姿は見えなくとも
「君は一人ではない!」と言うことを伝えたかったのです。


環境に対して
そこに「馴染むか」「変えるか」の選択があり
変わっていく時は
「自分一人くらいは…」か「自分一人から始まる…」があるということ
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それと、喫茶トワイライトは無くなる訳ではありません

年末に
「老兵は死なず、ただ消え去るのみ…」を書きましたが

応援してくれる方々の利用により
年始は売上は上がりましたが
貯金できる程ではなく
3月4月は飲食の客もスタジオ利用も整体も少なく
迎えました

自営業とはその日の売上に左右されるので
客が多い時もあれば少ない時もあります。
たまたま、少なくなった時にそれに対応出来る状態ではなかった
と、言うことであり
前もってそういう事に対応する準備が出来なかったのは
私の責任であります。

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お店は従来、喫茶店ともなればサービス業です。
しかしながら喫茶トワイライトは
綺麗な女性がお客をもてなしたりするようなお店ではありません

普通にあのアニメ面白いよね、とか、この漫画が熱いよね
とかの話もしますが
コミケットの理念の話やアニメの現状の話などの
少々、説教臭い所もあります。

そうした意味では
喫茶トワイライトはサービス店では無いのかもしれません
しかしながら、環境を変えていくためには
そうした事を訴えていく「場」が私は必要と考えています。

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負けたと思った時点で負けであれば
私はまだ負けたと思っていません

たとえ負けたとしても
そこから立ち上がらないことが恥であり

例え数年、数ヶ月、週に数回しか開業できなくても
私は何度でも立ち上がるつもりです。


「光熱費が払えない」と言っても
たかだか2~3万
5月で何時もより2~3万多く売上を上げれば良いだけです。

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本日、最近来始めた若い衆達が
他の所でトワイライトのお話をしてくれたそうで

●あ!あの店知ってる
 行ってみたかったけどなかなか機会がなくて…とか
●一人で行く勇気がなくてwとか
そんな人が多いそうです。

僕らも、お店が女性の方が接客するような店じゃなかったから
何回も来るようになったし

やっぱ初めて入る時はたまたま友人と一緒にいたんで
やっと入ることが出来たんですよ

と、言ってくれてました。

案外周囲にはそうしたくすぶっている人も少なくないのかな?
とも思えばまだまだ希望はあります(*´ω`*)

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とりあえず、責任者として
売上は色物でも出費は安定して出て行くので
2度とこのような事が起こらないように
せめて、家賃や光熱費は確保出来るようにはしたいものです。

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私が辿り着きたいと思ってる場所は
私一人の力ではたどり着くことができません
(同人やコスイベ等への理解やマナー向上…ets)

より多くの方の理解と協力が必要です。


失敗や負けならばそれを糧として
まだまだこれからも頑張ります!

応援よろしくお願いしますm(_ _)m

忘れないで欲しい…

3月4月とお客も殆ど無く売り上げが下降方向へ向かい
現在は4月分の家賃は何とか払ったものの
光熱費が全く払えないまま5月を迎えました。

今は規模縮小で
営業日は週末のみの営業に変更を視野に入れ
月火水で働けるバイトを探しています。

ですが、なかなか年齢的にも
そうも都合の良いバイトもなかなか無く
このまま、早急に見付からなければ

数か月~数年の営業停止となります。

光熱費が払えないので電気や水道が止まるので
実質営業出来ない

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今では残念に思いますが
毎日、営業出来る様な店では無かったのだと受け入れています。

お店を構える限り商売はしないといけないのですが
利益ばかりを追い求めるのではなく
言わば、私の趣味の店ですからね(^_^;)

私は私の大好きな世界を守りたいだけで
私自身がその世界を食いつぶす真似はしたく無いですから

アニメや漫画がここまで発展したのは
「業界と私達ファンが支え合った結果である」と
私は確信しています。

無かった世界から在る世界を見て来た私は
その世界が無くなる事を知っています。

でも、初めからそこに当たり前に在る人達には
それが無くなると言うのを想像するのは困難であると思います。

「無くなる」それを知っているから
無くならないようにどう行動しないといけないのか
どう言う事はやって良くてどう言う事はやってはダメなのか?
私に近い同期の人達はそう言う事に感心があり
「自分一人くらいが…」では無く「自分1人から始まる…」
を知っていたんですよね
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最近見た映画で「大逆転」では
人生で成功失敗するのは血筋か?環境か?で賭けをする
そんなお話しでした

「ホワイトハウス狂想曲」では
詐欺師の主人公が政界に入り政治家を騙して
大儲けしようとした所
政界に入れば自分がいかに小物であったか?と言う事を知ります。

もともと詐欺師をしていたので才能もあったのもあり
政界に馴染むのも早く
その環境になれて行きお金は沢山入って来るようになったのですが
環境になれて行けば行くほど、
人としての大切な何かを失って行く…

そうした部分をコメディタッチで
面白おかしく見れる作品でありました

何が言いたいかと言うと
「環境が人を変えて行く」と言う事が言いたいのです。

環境に対して人が出来る事は2つ

「環境を変える為に動く」か「環境に馴染む」かです。

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知っていて欲しい

今の私達の現状
アニメーションは1秒間に24枚の絵を必要とします。
日本の多くのアニメはその半分の12枚が主流ですが
それで30分のアニメを作ろうとすると数千枚のセル画が必要となります
現在ではセル画は殆ど使わずデジタルに移行していますが

友人のアニメーターの話では
1枚書いて50円だそうです。
(例え20年のキャリアがあっても変わらないそうです)
平均的な日給を7000円で換算すれば
毎日140枚の絵を1日で描かなければいけないと言う事になります。

そんな環境でもアニメーターを続けるのは
やっぱり、「アニメが好きだから」そんな精神で支えられて
今の日本のアニメーションは在るのですが

それ程の想いを持ってアニメーターになろうとする人は年々減って来ています。

http://www.youtube.com/watch?v=G6hdafsXyb0

ここで日本のアニメーターが800人しかいなくて
給金が上がればそれで良いと言うものでは無いと
宮崎先生は語っています。

アニメとは命を作る技術
才覚も必要でありヴァーチャルの世界に以降して
それが育成される環境に無い
と言う事を述べています。

それでも日本人に支払う金は高いと海外に外注となるのですが
「作画崩壊、絵がへたくそ、海外の人には無理」
そう、思われてる方はいますか?

描けば上手くなり
物価の違いで日本人のアニメーターより豊かな生活が出来る

画像


台湾の同人誌ですが
今はこれくらい描いてきます。

http://blog.livedoor.jp/nyussoku/archives/52018227.html
ドイツでも同人ですが
百合エロゲーでこのくらいのものを作るようになって来ています。


日本のアニメーションの業界は終末期を向かえ
その中で発展して来ている
海外の業界と競争しないといけない環境に
あると言う事です。
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資源の無い我が国が
アニメを自国で生産出来なくなり
海外から買わなければいけなくなる

そうした未来は遠く無い

と、言う事です。

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コスプレも
(コスプレに限った話じゃないのですが)
「安かろう良かろう」で購入して行けば
それが海外生産のものであれば
国外に金が流れて行くと言う事になります。

日本の金は減り海外は潤う

これは私達の給金が下がる事を意味します。

給金が下がれば
「安かろう良かろう」では無く
【安い物しか買えなくなる】と言う事に繋がります。

まだ、選択肢がある今が踏ん張りどころなのです。

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最近書いた日記に
「絵を描く価値」的な事に触れたと思います。

それは「可能性」であり
私達ファン人はその可能性の芽を
より多くの枝葉に変えて育てて来ました
それが同人世界における
「可能性の追求」であります。

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もしも…
もしも、このまま私が消えて行く事になったとしても
願わくば、

忘れないで欲しい

今のこの環境と現状に苦悩し絶望し
その中で希望を持って足掻いた人が居た事を

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何も知らないと言うのは幸せだが可哀想だ…

私は年齢的に
このまま夢の残骸に埋もれて死ぬのも悪く無いと思っている
夢なら沢山見た!それだけでも
私の人生は幸せだったのかもしれない

だけど、もしもまだ望めるなら
その先の世界を今の人達と一緒に進みたいものだ…

宇宙戦艦ヤマト 2199

新番組として放送が始まった
「宇宙戦艦ヤマト2199」

当時、初代の宇宙戦艦ヤマトの人気は高く
TVシリーズも映画も沢山の作品を出しています。

劇場版では「さらば宇宙戦艦ヤマト」放映当時は
スター・ウォーズと並びSF作品ブームの牽引役として一役買っていました


最近書いたブログで
私達の世代で
「人類は月まで到達したのだから私達が大人になる頃は宇宙旅行してるかもしれない」
そんな夢をフィクションとはいえ映像として形にして
私達の心を「14万8千光年」の旅へと連れて行ってくれた作品です。


宇宙戦艦ヤマト放送前まではアニメの評価とは
「アニメ=子供が見るもの」と言う評価でした。

その評価を変える
(大人が評価出来るアニメーション)
アニメーションの時代を切り開いた一大作品であり
SFマニアがアニメーションの世界に融合していく
大袈裟な言い方かもしれませんが
歴史を変えた作品であります。
(エヴァンゲリオンの庵野監督も今期で一番期待しているアニメとして評価しており
もちろん宇宙戦艦ヤマトに影響を受けた方です)

宇宙戦艦ヤマトと言う作品がなければ
アニメーションブームは来なかったかもしれませんし
GINAXも立ち上がらなかったかもしれませんし
エヴァンゲリオンと言う作品も無かったかもしれません


シリーズが続きすぎて
私的には初期の宇宙戦艦ヤマトとさらば宇宙戦艦ヤマトまでしか
私的ヤマト(他作品はヤマトと言う名がついた何か)
と言う評価ですが

反戦のテーマと私達の未来へに対しての夢と希望
そこに織り成す人間ドラマが
そこらの実写映画よりも優れている点を注目して頂きたい


「宇宙戦艦ヤマト2199」は
音楽も初期の宇宙戦艦ヤマトの音楽をアレンジしているもので
当時のイメージをより近い形で感じる事ができます。

じつに素晴らしい音楽であり
音楽を聴くだけでも宇宙戦艦ヤマトを見る価値はあると
私は断言します。




願わくば
初めて見る方は作品の最終回を見るまでは宇宙戦艦ヤマトの事を調べないで
(タキオン粒子やワープ航法などサイエンス部分以外)
毎週、そのままの「宇宙戦艦ヤマト2199」を感じて欲しい

過去のヤマトを知る方には
過去のヤマトと出来るだけ比較しないで
初めて見る作品として接して欲しい…


二次元に行きたい…

肉体は行けずとも心は飛び
15万3千光年の宇宙の旅が出来る事を感じて欲しい


NASAの人達も
スタートレックのエンタープライズ号を飾っています。
それは
「我々は肉体が宇宙に出る前にエンタープライズ号が私達の心を宇宙に連れて行ってくれた」
と、言っているのですから…